香取神宮をうろうろ(28)
 建物が建ち始め、いよいよ本殿が・・・

 さて、本殿がなかなか出てきません。幣殿や拝殿は順調な感じですが・・・

8月4日服部千右衛門・鈴木文蔵が会所まで来いとのこと、内膳の方へ手紙が来たので行って、次のような証文を出してきた。

香取神宮の祭礼は今月の5日にある。神領だけではなく、近郷近在のまで、商売も普請などもやめて、参詣をすることになっています。御公儀の普請については、当方から何か申す事はありませんが、前々から祭礼の式次第は報告してあります。また、本地蔵堂の柱立の予定日は、日柄の関係で今月の5日にしかできませんので、明け六ッ時に柱立をするように、金剛寶寺には告げて在ります。5日は祭礼ではありますが、当月のうち5日以外は吉日がないので、5日の柱立てをお願いします。明け六ッであれば、祭礼に支障はありません。
8月4日その日7ッ時まで御普請があり、すっかり終わってから、惣左衛門が会所へ顔を出して行った。当宮之介をも惣左衛門に合わせるためで、御手洗を見分して帰った。暮れに御祭礼はいつものようであった。
8月5日新飯の祭礼、御普請は休みだった。
6日御手洗普請に取りかかる。魚を別の井に移して、水を空にした。水口の樋は大工に杉板で作らせて完成させた。御手洗からの落ち口には石雁木を置き、池の中に石を敷き詰めてもらいたいと、惣左衛門にお願いした。この日、拝殿・幣殿の御普請はいつもの通りに行われていた。
・惣左衛門が内膳に相談したいことがあるから、津宮の宿舎まで来て欲しいとの手紙が来たので、大祝宮内を連れて行った。惣左衛門野言うには、十左衛門が忌中では下奉行・下役人も神前の御普請はまずいのではないかとの御尋ねであった。確かにそうだが、問題はないと答えた。そこで、口上書きが欲しいとのことで次のように書いて出した。

平岡十左衛門殿服喪中に、十左衛門殿の下奉行達や下役人達が御宮の修復の御用を勤めても、神事に差しさわりはないかとの御尋ねに対して、下奉行達や下役人達が一緒に食事をするのでなければ差しさわりはありません。大宮司丹波・大祢宜図書、寺社奉行衆の御用で江戸に在りますが、私どもで書付を差し上げます。下社家の者どもにも聞いてこのように申し上げます。以上8月6日 図書倅香取内膳・丹波倅香取蔵人 竹村惣左衛門殿

 神事と普請が重なると面倒だという事ですね。新飯の神事では、本殿の鍵を開けて戸を開き、本殿内陣の扉も開いての神事で神宮の5つの重要な大祭だとか・・・ん?元禄13年より勤め方が変わったのか?年中祭礼大禰宜勤方とか言うやつに、なんとなく註記がありますね・・・

 ざっと読んでいたら気になることが・・・現在の本殿の平面図は右のような物であるようですが・・本殿は扉が三重になっています。しかし、式次第では・・・鍵を開けて、内内陣の扉を開けておしまい・・・大体次のようなことが書かれています。

八月古神事(初子日夜、五ヶ度也)御供(玄米八升)御酒(止底)、東より出す。先出仕座に付、内陣祭礼の支度ができると、大神主知らせあり。大床にて鍵封切、内陣へ入る。先に祝詞、勤め終えて内内陣の御戸開く、従夫御酒七獻、六獻目に御肴大豆、七獻供え置く。御供を備、庭上へ下る。庭上にて少し備物在りて、奉幣、惣也。夫過内陣へ入る。右御供、御酒、御肴下げ、御戸鎮、次御酒、内陣において頂戴、從夫祝詞勤、從夫奉幣両度勤め、大神主持ち来る、次御鍵の封、次に匝瑳殿の神事、御供え備え、奉幣、次神座に帰り退下、皆大禰宜壱人の勤め様也。
八月新嘗、初丑日、
側鷹へ行き神事あるなり。御供二膳、奉幣、大禰宜壱人 右は両所は出ずとのよし。元禄十三年、御宮御修覆以来、丹波出初る。

 大床って・・・身舎正面の廻縁の事ですよね・・・大床で封を切られた鍵を開き、開かれた戸の中が、黄色の部分、ここで内内陣の戸を開く・・・灰色の空間・・・緑の神座の部分にたどりつかない・・・ってことは、元禄13年の造営では、黄色の部屋がつけ加わったか、神座の部分が背面庇へと追い出されたかのどちらかしかない・・・記述が不足か・・・ありそうなのは、私の読み間違いだね。どこかに、香取神宮本殿の修復の記録があるはずなんですが・・・そうだ、来年になれば、今回の修復の資料が定価で出るはず・・・こいつはどこで売られるのか・・・気になりますね。

 例の、アサメトノか?アサメトノの構造は身社と背面庇だから、戸は二重か?・・・注文書に何か書かれてるかな?・・・史料は・・・アサメトノは葦葺き3間で妻7尺間、後一面日陰あり柱10本口1尺2寸、長さ1丈8尺・・・文永7年12月4日の話ですね。新調の扉板は2枚・・・後に一面日陰あり・・・背面庇と言われる部分が旧材を使うので詳細が不明・・・ここの扉が問題か・・・ここに戸があるのか?とか気になることが多いわけです。

 あと、このところちょっと気にしているのが、不開殿ですね。多分、鹿島新宮の別称なのでしょうが・・・これも良くわからない・・・2つ扉のある本殿から、1つの扉になった時・・・妄想は膨らみます。

 やっと、工事関係ですね。御手洗の整備がはじまります。魚がいるんですね・・・放生池じゃないのに・・・別の井に移して・・・どこの井なんですかね?近いのは氷室井か?水口の樋は・・・右の写真の部分に渡されていたのでしょうかね?右の草がはげて地が出てる所の黒く見える場所に小さな水面があり、ここで水が湧いているようです。この部分から左の御手洗とか御神井と呼ばれる四角の池に注ぐというわけです。

 現状の池は左の写真のようなものです。

 かつては、この場所が名所であり、絵葉書にも掲載されて

 右のような景色だったようです。右手前が水の湧き出している場所になります。真ん中を分けている物が以前はなかったようです。それとも拡張したのか?水は現在も悪くないのですが、藻が繁殖していて、水面を覆っています。そのためあまり美しく見えませんが・・・ちょっと、細かなところまで見てきませんでしたが、こんな場所ですね。

 昔の旅行案内では、夏は涼しくて良い場所だとのこと・・・近頃は、境内からここへ降りて行く道が良くなくて・・・まあ、昭和45・6年ごろと大きく変わったわけではないでしょうがね。私の記憶の中とほぼ同じですが・・・こんな場所があったことを忘れていました。もっと、別の場所の記憶かと・・・

 そして、左の写真が、かつての水の落ち口の方ですね。現在はどうなっているやら?暗渠に落ちている可能性が高いかな?ここから水が落ちる水路を見た記憶がないですから・・・そのうち眺めてきますね。この御手洗への参道は趣があって良いと思うのですが・・・でも、大勢の人が通れるものではないのが難点なんですかね?いや、ここへ降りても、御手洗の池があるだけで、それ以上の物がなく、かといって、香取駅まで行くのもかなりの距離があるからでしょう・・・でも、香取駅からの案内表示には、ここに参道があるようには書かれていなくて、この先の道を上がるように案内が出ていたような・・・それでも、否、それだからこそ気になる道です。

 さて、服喪というのはなかなか面倒なもののようです。色々と気を使わねばならないという事です。一応は喪に服して動きが取れないようですね。人と会う事に関しては、別火であれば問題はないという事のようです。同じ火で調理したものを食べるわけではないのでOKが出ます。この時期、大宮司・大祢宜は共に江戸に出ていますから、その倅らがきちんと事を運んでいるという事ですね。服喪か・・・難しい・・・何を根拠にってやると・・・それは不明でしょうからね。

 ある程度合理的判断がなされているような気がしますが・・・ここで1つ気に入らないことがありますね。それは、十左衛門の行動です。倅の死の知らせが来ても、津宮の宿舎にいるようです。仕事人間なんですかね?

 ある意味、江戸時代・・・封建制社会・・・世襲制社会というのは、こういった個人の感情や都合を押し殺さないと、得た特権・・・職業・地位などを維持できないのかと・・・個人主義ではなく、社会の方に優先権があるような感じです。社会の要求する使命に殉ずる事ができない者には、地位はないとか?優先権の問題ですが、個人より社会や職務が優先するのか?なんって気になります。確かに、個人的な事柄で、公務を疎かにするのは・・・と言われたとき、現代的な私は、個人あっての社会であるとも言うし・・・仕事が無くなっても良いかと言われると・・・l個人的なことで社会へ奉仕することを疎かにするのは本末転倒です。私は・・・自由に遊びたい・・・で、理解されているはずの人からも抹殺されるのか・・・人間は何と言っても社会的な体面を維持してこそ人間で居られるのではないかと思うわけです。

さて、続きを・・・と言っても長くなったので、このあたりで切るとしましょう。それでは次回・・・
2013.07.28

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