現在をうろうろ(6344)
日本貧窮者経済新聞
 米国のエゴで分断される南北朝鮮ね・・・?

 ああ・・・朝鮮戦争を終わらせたくない米国か・・・党本部建物や別荘、墓地…非武装地帯周辺に残る朝鮮戦争の遺物 写真15枚 国際ニュース:AFPBB News 韓国の朝鮮戦争遺跡ね・・・

 朝鮮労働党の地域本部、別荘、墓地──朝鮮戦争(Korean War)開戦から70年たった今も非武装地帯(DMZ)周辺に残る遺物の数々は、この戦争が今も休戦状態であることを思い出させる。

 現実に戦線が置かれて・・・両軍が対峙しているわけでね・・・南北朝鮮は、フルスペックの軍隊を維持しているわけでね・・・平時の軍隊だと、中核になる士官・下士官が多くて・・・一般兵の充足率が3分の1程度ですが・・・そういった軍隊ではないのでね。遺物じゃなくて・・・現役の防衛施設や軍隊もあるわけで・・・

 DMZの東端から数キロ離れた韓国北東部沿岸の高城(Goseong)郡花津浦(Hwajinpo)海岸の白い砂浜を見下ろす崖に、石造りの小さな家が立っている。

 この地は、朝鮮戦争以前は北朝鮮の領土だった。小さな家は北朝鮮の現最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長の祖父で建国の父、金日成(キム・イルソン、Kim Il Sung)国家主席が別荘として使っていた。

 そうね・・・元々は1つの郡でしたが・・・朝鮮戦争で切られた郡・・・高城郡 (江原道) - Wikipedia 未だに、北朝鮮と米国は戦争中なのでね・・・金日成の別荘か・・・38°28'26.8N 128°26'36.9E - Google マップ ここの様ですね・・・

 現在は左のような・・・観光地というか・・・?史跡となっているようですが・・・

 現在は博物館となっている別荘に続く石造りの階段の脇には、1948年に撮影された色あせたモノクロ写真が張ってある。そこに写る5人の子どもの1人は、金国家主席の後継者で、金委員長の父である金正日(キム・ジョンイル、Kim Jong-Il)総書記だ。

 どうやら、右のような写真があるようですね・・・金正日 - Wikipedia ちゃんと子供時代があったわけでね・・・

 現在は韓国・江原道(Gangwon-do)に属する高城は、米国とソビエト連邦が朝鮮半島を分割した38度線の北側に位置する。

 山塊を一体としたという感じですかね・・・川の位置で切り直した・・・?地形からはこんな感じですかね・・・?

 山に囲まれた平和な農村、亥安面(Haean)は最も激しい戦いが繰り広げられた場所の一つで、地形がカクテルグラスに似ているとして米国の従軍記者から「パンチボウル」と呼ばれた。

 今度は・・・左の特徴的な盆地の話ですね・・・パンチボール状の地形・・・38°17'16.5N 128°08'20.8E - Google マップ この辺りね・・・

「韓国軍と国連(UN)軍は北側に進むため、われわれの村を越えて行かなければいけなかった」と、ガイドをする村民のリ・ビョンドゥク(Lee Byeong-deuk)さんは説明した。

 ここから、北へ抜けるためには・・・この西側の峡谷を北上するわけで・・・血の稜線の戦い - Wikipedia これに続く・・・断腸の稜線の戦い - Wikipedia この2つの激戦が行われることになりますね・・・

 断腸の稜線・・・ハートブレイク・リッジ・・・クリント・イーストウッドの映画の題名ですね・・・ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場 - Wikipedia 1986年の映画ね・・・

 久しぶりに、だらだら流していますが・・・

 亥安面で生まれ育ったリさんは、この村はプロパガンダに利用されたと語る。1970年代に韓国政府は、住宅2戸を1戸にまとめ大きく見せようとする政策を推進したが、このようにしてまとめられた住宅はすべて北側に向けて建てられたという。

 ふむ・・・航空機による偵察に対してかね・・・豊かさを見せたいというわけね・・・

■体験した人にしか分からない痛み
 38度線から北に60キロの位置にある鉄原(Cheorwon)郡も、朝鮮戦争の休戦後に韓国側に組み込まれた場所だ。

 鉄原郡も高城郡と同じで南北に切られている郡でしたっけ・・・鉄原郡 - Wikipedia

 軍の検問所に至るほぼ無人の道路には、かつては朝鮮労働党の地域本部だった3階建てのコンクリート建造物の骨組みが残っている。

 右の赤丸の建物の骨組みね・・・赤のチェックは、対戦車防壁で・・・道路沿いには対戦車障害が並べられていますね・・・この防衛線は生きた防衛線でね・・・廃墟の方は・・・38°15'19.0N 127°12'07.3E - Google マップ ここね。

 こういった対戦車防壁はソウルにもありますね・・・37°34'50.4N 126°51'20.5E - Google マップ この辺りね・・・

 右の写真の右上の道路を見ると・・・Google - Google マップ 壁面を爆砕すると、デカいコンクリートの塊が道を押しつぶすことになるわけね・・・高速道路は・・・Google - Google マップ 軍の看板が出ていますが・・・現役の軍事施設ね・・・こういったもので、戦車の南進を阻止するわけね・・・これが現実の戦争のための施設なわけでね・・・ 

「私たちがいま立っている場所は、かつては北朝鮮だった」とガイドのキム・ヨンソン(Gim Yong-sun)さんは言った。

 鉄原郡が北のものとされたわけでね・・・そういえば、38度線の南の北朝鮮領の島が騒がれたね・・・あれも、黄海道に属した島なので、北朝鮮の行政権が残った島・・・この辺りは、占領地によって決められたものでしょうからね・・・防衛線が築かれて分断・・・

 坡州(Paju)市郊外には、祖国に二度と帰ることができなかった数百人の北朝鮮兵が眠る墓地がある。ここは韓国で唯一、敵国の戦闘員を埋葬している場所だ。

 こりゃ何処だ・・・?どうやら・・・37°57'26.4N 126°51'11.8E - Google マップ ここの様ですね・・・2つの墓地があるようですね・・・

 花こう岩でできた墓石にはそこに眠る人数が刻まれているが、名前は一握りしかない。

 戦争は殺し合いですから・・・無名の大勢の戦士が・・・記録の中に名前は残っているのかもしれませんが・・・

 結局は多くは無名で葬られ・・・未だに野末に眠る遺骨もあるわけでね・・・

 DMZ上にある板門店(Panmunjom)には、韓国、北朝鮮それぞれの側に青い小屋が向かい合って立っている。

 DMZの西端にある、北朝鮮から5キロも離れていない喬桐島(Gyodong Island)は、有刺鉄線が張られた壁に囲まれている。

 ん?この島で写真は撮れるのかね・・・?ああ、写真は江華島だね・・・

 山の上に鉄塔があって・・・Google - Google マップ ここの景色だね。話題の島は・・・37°47'50.7N 126°16'12.7E - Google マップ この島だね。

 理髪師のジ・グァンシク(Ji Gwang-sik)さんは13歳の時、戦争のただ中に、北朝鮮の故郷の村から逃れてきた。

 家族が木製の舟で岸をわたるのに「30分もかからなかった」とジさんはAFPに語った。喬桐島から故郷の村が見えるが、70年近く帰ることはできていない。82歳になった今も、故郷の村に戻れる日を心待ちにしている。

 米国のエゴで1991年に終戦にする事も出来たのにね・・・まあ、米国は永劫戦争にしたいようですからね・・・

「この痛みが分かるのは、同じ体験をした人だけだ」

 見えるけれども行けない場所ね・・・米国は朝鮮戦争を終結させるつもりは無いから・・・どうなるかね?やはり、南北朝鮮は民族主義的な考え方を強く持たないと、米国を叩きだすことはできないのではないかとね・・・

2020.06.27

    

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