日本の秩序って・・・?続き

 どうも、我が国では、法秩序より、伝統的支配に基づく秩序を好むのかもしれません・・・って前回の書きだし・・・ちょっと、違うな・・・というより、そこへ回帰してしまうというのが正しいような?

 基本は伝統的な支配とは別に、民主社会が古くから成立・・・漠然とした民意=公序良俗による支配が基本で形式的な伝統的支配が看板として存在する・・・形式的な伝統的支配・・・神による統治ってやつです。

 なんだか、ちょっと考えが支離滅裂に自分でも思えるが・・・なんと整理してよいやら?そのうち、カッコいい言葉で述べられるかもしれないけど、まあ、こんな感じかな?

 皇室と幕府の関係・・・立憲君主制・・・皇室は形式的統治者、実質的な統治者は幕府・・・将軍=武家の棟梁・・・投票権を持つのは大名、大名による多数決というか、多数の支持によって棟梁が選出される・・・これって、米国の大統領選挙人による大統領選挙と変わらんじゃん・・・ちょっと、飛躍?ってね。

 でも・・・アメリカの独立宣言の文言・・・「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと」

 たしか・・・こんな類の文言・・・神とか造物主という抽象的な概念を基本とする・・・これって・・・天皇制と変わらんじゃん?って・・・日本だと、この世の中に現人神と考えられる象徴的な人物を置いて説明します・・・だから、天皇を本気で神の位置まで高めると、大日本帝国憲法は民主的な憲法と言え、私は・・・日本人として問題なく暮らす事ができるのですが・・・ってなるわけなのです。

 私の悪い癖・・・独立宣言書をちょいといじってみます・・・

  人類の歴史において、ある国民が、他の国民とを結び付けてきた政治的なきずなを断ち切り、世界の諸 国家の間で、自然の法と
大御心によって与えられる独立平等の地位を占めることが必要となったとき、全世界の人々の意見を真摯に尊重するならば、その国の人々は自分たちが分離せざるを得なくなった理由 について公に明言すべきであろう。
 われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その
現人神である天皇を通じて、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には幕府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が 最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有するということ、である。

 もちろん、長年にわたり樹立されている
幕府を軽々しい一時的な理由で改造すべきではないことは思慮分別が示す通りである。従って、あらゆる経験が示すように、人類は、慣れ親しんでいる形態を廃止することによって自らの状況を正すよりも、弊害が耐えられるものである限りは、耐えようとする傾向がある。しかし、権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような幕府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である。これらの藩領が耐え忍んできた苦難は、まさにそうした事態であり、そして今、まさにその ような必要性によって、彼らはこれまでの幕府を変えることを迫られているのである。現在の徳川家の治世の歴史は、度重なる不正と権利侵害の歴史であり、そのすべてがこれらの諸藩に対する絶対専制の確立を直接の目的としている。このことを例証するために、以下の事実をあえて公正に判断する世界の人々に 向けて提示することとする。

 所々、維新期の日本の用語に変えました・・・決して、独立宣言の精神をオチョクルわけではなく・・・人間の持つ普遍性を例示するために使ったので、私は独立宣言の精神を重んじ、心酔していますから・・・本気で・・・独立宣言(1776 年)

 日本人は、天皇を統治から切り離して神としてきた・・・全ての日本社会のルールの法源は天皇・・・って言っちゃっても良いような?何しろ、日本の神道には教義がありませんから・・・天皇を世俗の領域に関与させることは・・・場合によっては神を私する行為と言えると思うので・・・そんな不敬な、神を利用して何かを実現させる手段って・・・あまり許せないのです。

 神を使って何かをする・・・許されるのは、やはり公序良俗の増進のためだけでは?と思うわけです。アメリカ合衆国の独立宣言書は、創造主という抽象概念の力を借りて・・・これまた抽象概念の公序良俗を実現するための政府を作るための宣言書をこしらえているわけなんです。

 徳川家を、北条氏にしても良いし・・・日本でも、独立宣言の精神と変わらぬ精神によって、政権が交代してきているといえるようなのでね。天皇が真に神であるなら、大日本帝国憲法も民主的な憲法であるわけです。政治家が国民の代表である国会を通じて、法を停止させ、やりたい放題をしないという前提があればね。

 軍を積極的に持とうとする・・・軍は何と言おうと、殺人集団ですから・・・殺人を好む人がいるか?隣の人が気になって、毎日皆殺しの計画と、そのための訓練を行う家庭があるのか?

 残念ながら、隣の国が気になって、毎日皆殺しの計画と、そのための訓練を行う・・・防衛と称して、軍というのはそういったものなのです。

 殺人が許される場合がありますね・・・公共の福祉とか公序良俗に著しく反する場合・・・戦争で何故人が殺せるのか?その国にとっての正義しか考えないから・・・戦争相手国の兵士は人間ではないから・・・殺しても良い・・・自らの生存をかけているから?正義である・・・共存共栄はもとよりない・・・だから兵士を殺しまくれば・・・英雄になれる・・・

 とは言うものの・・・どうやら、戦前の日本人と私は皇室や、国というものに対して違った考え方をしているようなのです。日本人というのは、どうやら・・・紀元二千六百年の奉祝の頃は・・・ 近代デジタルライブラリー - 三大神勅奉戴運動 原理日本精神 の中に示されるように・・・11コマ・・・「明治維新以後今日迄の教育は、知育、徳育、体育の三育に亘り、良き人、良き市民、良き人類を作る教育としては相当に力と尽して来るも、悲しい哉、
良き日本人を作るといふ教育に欠けている。故に折角御国の為めになる様にと、国の財を消し、凡有る力を費やし時間を費やして教育したところのの人々が却って日本人離れのした人間となり、偶々此の惟神の大道に迷ふものあるを以て、諸々の新にして奇なる主義、思想、信仰、道徳等に雷同し遂に邪道に入り邪教に禍ひされ、更に一歩を進むれは日本に反し、日本の肇国の皇謨に敵対し、あまつさへ我が皇室中心主義に弓を引くが如き者の生れるに至った事は至極寒心に堪へざる処なり。然し日本人たるの道は今日からでも遅くはない。否むしろこの世界歴史空前の大事と意義ある紀元二千六百年の奉祝に直面して、是が非でも租神ならびに子孫の希求する所謂文字通り天壌無窮の日本人としての軌道に乗せざるべからず。」 なのです・・・私が考える良き日本人・・・国際人としての良き日本人・・・しかし、ここで述べられる日本人だと、確かに私は・・・諸々の新にして奇なる主義、思想、信仰、道徳等に雷同し遂に邪道に入り邪教に禍ひされ、更に一歩を進むれは日本に反し、日本の肇国の皇謨に敵対し、あまつさへ我が皇室中心主義に弓を引く・・・者と目されるのかと・・・思うわけです。

 良き日本人か・・・もし、日本が世界征服を成し遂げて、世界首都東京となって、大日本帝国憲法を世界に適用していたら?皇民化教育が完了したら?しかし、それでも・・・天皇は日本人だけのために存在し続けるのだと考えるのでは?と思うわけです。

 なんとなく、私は大日本帝国憲法下で生きられるが、「国民の憲法」下では生きられないかもしれないと思う理由がわかった気がします。どうやら・・・求めれれているのは・・・世界の日本人ではなく、日本人の世界なのだということのようです。

 どうやら、根本が違うので・・・ある意味、相容れないものです・・・よって、私は黙ることにします。再び戦争の惨禍がやってこないことを祈って・・・

 分からぬ? 近代デジタルライブラリー - 国体論及び純正社会主義 なんで北一輝は戦前の右翼思想の大物なのか?読めば読むほど分からなくなる・・・

(2013.05.09)

inserted by FC2 system