古典的な教養人って?

このところ、プラトンを読んだりしていますが・・・近頃、プラトンなど読んでいる人がいるのやら?わが国の古典的な教養人は健在なのか?私は興味本位に読んでるだけですから、教養とはあまり関係ないのですがね。ただ、古典ってちょっと面白い・・・理由は、SFとは対極的な位置にあるからかな?それとも、どちらも同じことを、古典は認識を語り、SFは技術で味付けして語っているということでしょうか?

基本的には人間の仕様はこの1万年ぐらいほとんど変わっていなさそうなのでね。科学の時代以前は科学は神学の親戚のような位置づけであったと考えるのが妥当なのかな?

とにかく、社会システムなんって今も昔もあまり変わっていないようです。江戸時代だって社会福祉行政は行われていますしね。文書主義のお役所仕事だって、日本では大宝律令以来の伝統を持っているし・・・明治時代の役所の日誌のようなものを眺めると、ずっと昔から役所間では毎日の往来が続いていたようなことが伺えますからね。江戸時代も明治時代に役所間で往来があったように、江戸と地方を結ぶ情報のルートがあり、一円支配のための地方の役所の通信網が存在していたようですから・・・今は電子媒体での通信ですが、人が歩いて情報を伝達するシステムが律令制の時代以降、整備されたシステムとして運用され続けてきたということのようです。

社会福祉なんって、現代的なものと思われがちですが、江戸時代にも子供手当ては存在していますし・・・結局のところ、安定した政権下では、どの時代でも支配の一環で必ず必要になるもののようです。

よく、社会福祉は、今行われているようなやつは、近代市民社会の、それも20世紀の初頭にようやく形成されはじめたといわれますが、こいつは納得いかないものです。養老令なんかにも遭水旱条が定められ、水害や旱魃にあった際のの減免や穀物の貸し出し権限などを定めているようです。

まあ、私もにわか経営者となってしまって、人を使う立場になってしまいました。そうなると、職場の和の為には社会福祉の概念が必要になってきます。イレギュラー処理を行う場合は、前例となるわけですからそのルールを自分の頭の中にイメージしてやる必要があるということになります。

結局のところ、こういった施策の集まったものが社会福祉と称されるものになるわけです。ただ、制度化されているかいないかという違いだけで、古くからあるといえるのではないかと思われます。

律令時代の例だと、穀物などを一般公民を対象として支給する制度として遭水旱条があるわけですが、これに関連する施策として賑給制度という奴が現れるわけです。

さて、どのような場合に賑給が行われたか・・・記録では、詔勅などで示される国家の大事とか慶事による賑給と、天変地災による賑給に分けられるようです。慶事のほうは、振る舞いというイメージですね。そして、天変地異・疫病系は・・・天平以前は給薬が中心・・・現物支給ですね。それに対して、天平九年頃からは、給薬は見られなくなり賑給へと変わっていきます。たぶん、医薬が官の独占物から一般的なものへと変化していき、結局のところ賑給という手段へとシフトしていたのではと思われます。まあ、よく言われる、大規模な疫病で、医薬が不足しているから、代わりに価値のあるものを渡すというものではないような気がしますね。

この手の福祉事業は・・・出挙というやつと結びついていくのでしょう・・・そのうち、真面目に研究するかな・・・それより、企業会計を覚えないと・・・

結局のところ、物流が高度に発達した現代においては、沖縄にものを発注したって、中1日程度で届くし・・・早いものです。こういった時代に物資の配給なんて・・・道路が崩壊して物資が不足している時以外はあまり意味を持たないような気がします。そりゃ、優先的に物資を運ぶ、物資の輸送に便宜を図るなどの施策が必要でしょう・・・そういえば、震災直後の物資不足の解消策なんて政府は考えているのでしょうか?こいつがちょっと気になります。

民間の運送業者が被災地方面に行けなかったのは、電力と物流の途絶のため、燃料油を被災地で調達することが困難だったためのような気がしますが・・・そういったものの対策は何か、今回の震災からの教訓で、制度的な何かを見出したのでしょうか?こいつもまた気になりますね。ある一定の様式を備えれば、確実に給油されるとか、給油するためのステーションとか・・・危機管理を集約して行う部署があれば・・・まあ、日本人の発想では何かに備えるというのは、あまりないですから・・・どうなることやら?

結局のところ、政府の中枢がよほどしっかりした人材で固められていないと、今回の震災で総理は何をしていたのだ!と空転し、未だに復興のための道筋も立たず・・・しかし、人は生きていかなければならないので、勝手に現地で自活し、復興して行き、事後的には復興された!と宣言しておしまいになるのでしょう。

結局のところ、民力というのは馬鹿にならず、それを少しずつ委譲しただけの総体が政府なんでしょうから・・・結局のところ、政府など多くの人の意見を聞いて、良いと思われるものをすばやく発することが重要である。長考はあまり意味はなく、巧緻ではなく拙速が良いということのようです。そりゃ、それなりの人材を配しての拙速なら、それなりに高度な拙速が行えるのでは?

結局のところ、決定機関というのは、即決が原則でしょう・・・経営もね・・・政府には高度な決定能力を持つ人間がいないといけないということなんでしょう。そして、震災などの突発事件が起こったときに即応できなければならない・・・まあ、ただの政治家にはできない・・・だから、総理はボタンを押す係りくらいに考えたほうがよさそうです。

自動で起動するシステムを・・・そして、うまくいかなかったら責任を取る係りですかね。実際、今回の原子力災害についても、実はちゃんと補償のためのシステムが法律の形で存在しました。そのシステムを運用すれば問題がないものを・・・国民感情として納得できない・・・納得させるのが政治家だろうに・・・というわけです。

明文化されるのはなぜか?何かをしなければならないときに、度胸のない人間はそれができない・・・できるようにするには、明文化して公知のものにしておく、そうすれば、決定を促されたとき、やれといえばいいだけになるようにしてあるということなんでしょう。

たぶん、律令時代に入る以前にも、支配者が存在します。支配者は被支配者に対して、様々なことを命じます。その対価として様々な安堵・・・土地に関する権限だけでなく・・・を与えるのでしょう。明文化された規定なしに・・・良い支配者の条件は?

被支配者たちに、忍従の限度の要求をし、最低限の社会福祉を実現することでは?なんって思えるわけです。忍従の限度を高めるには、社会福祉・・・生活の向上を約束し実行することなんでしょう。このバランス感覚に優れたものが良い支配者・・・そうだな・・・プラトンの哲人王の概念なんでしょうかね?久々に古典でも読むかな・・・

・・・日本の有識者ってどんなものなのやら?こちらも気になります。日本人の教養の程度は?色々と気になることがあります。
(2011.07.08)

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