現在をうろうろ(125)

 日本の戦争の始め方は? その5

 どうやら、どうしても自衛隊を違憲状態にしようと画策しているようにしか見えなくなってきました。そして、自動的に暴発して総理大臣自体の挙証責任の埒外にしようと・・・まさかね。言い訳が続くようですが、どんな具合になるのか?

 もう一つの考え方は、我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方です。生命、自由、幸福追求に対する国民の権利を政府は最大限尊重しなければならない。憲法前文、そして憲法13条の趣旨を踏まえれば、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることは禁じられていない。そのための必要最小限度の武力の行使は許容される、こうした従来の政府の基本的な立場を踏まえた考え方です。政府としてはこの考え方について、今後さらに研究を進めていきたいと思います。

 どうも、我が国の安全とか独り善がりな論理を展開したいようです。国際社会は、我が国の総理大臣の言葉を聞いているので・・・この記者会見なども、様々な国の言語に翻訳されて世界を駆け巡っているはずなんですが、そういった事を考えていないのでは?自分の票田の肥やしにしかならないような話ばかりのような?この文は、私だと次のように作文した方が良いと思うのですが・・・

 国際社会の安定に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に自衛隊の持つ力を国連と連携して行使する事は許されるという考え方です。生命、自由、幸福追求に対する諸国民の権利を日本は最大限尊重しなけれなならない・・・何でこの後に、否定している日本国憲法の理想で飾る? また、腹が立って来た・・・我が国・国益・都合の良い時は否定する日本国憲法の文言を利用する・・・まあいいか・・・憲法前文、憲法13条の趣旨を踏まえれば、世界の安全を維持し。その存立を全うするために必要な処置を取らなければならない。そのための最大限の力の行使を行わなければならないと、従来の政府の基本的な考えを拡張しようとしています。政府としてはこの考え方について、今後さらに諸外国と協調して研究を進めていきたいと思います。

 こんな具合の議論ならOKなのでは?国際社会における日本の役割の議論でなく・・・国益のための我が国の安全だけのための戦力では・・・国際社会が納得するわけは無いし・・・これだけ宣伝した後では、考えを変えても世界を納得させることはできるのか?という妄想も湧いてきますが・・・大丈夫?最後まで責任が取れるのかね?政治責任ってのは、単に辞任して済まされるものではないですからね。自分の決断に責任が持てない、持つつもりも無く武力の発動を可能とする法整備なのですからね。さて、続きはどんな話になるのかね?興味津々です・・・多分、日本国憲法の精神は世界の中の日本の役割という大きな枠組みを前提としているので、国益や我が国のためにという言葉が馴染みにくいために、奇妙な憲法解釈を強いられるのではないかと・・・妄想してしまいますが・・・

 切れ目のない対応を可能とする国内法整備の作業を進めるに当たり、従来の憲法解釈のままで必要な立法が可能なのか、それとも一部の立法に当たって憲法解釈を変更せざるを得ないとすれば、いかなる憲法解釈が適切なのか。今後、内閣法制局の意見も踏まえつつ、政府としての検討を進めるとともに、与党協議に入りたいと思います。与党協議の結果に基づき、憲法解釈の変更が必要と判断されれば、この点を含めて改正すべき法制の基本的方向を、国民の命と暮らしを守るため、閣議決定してまいります。

 切れ目のない対応って・・・それは、総理大臣自身が決定する事じゃないかね?例えば、国連から国際貢献の打診があった・・・その時に、総理大臣は自衛隊を派遣することが必要であると判断した。総理大臣は国防大臣に指令・・・XXで紛争が起こっている、私は判断する・・・XX島を占拠しているC軍は国際秩序の安定を阻害する要因であり、国際法を完全に無視した蛮行であり、国際社会の承認としてG7加盟国の首相と電話会談を行い自衛隊の派遣を決めた。XX島を占拠するC軍を最大限の兵力を用いて短期に排除せよ。自衛隊の派遣については議会に対して私が責任を持って説明する・・・これだけでは?

 議会で・・・自衛隊の使用は憲法に反していない、国際紛争を解決する手段ではなく、国際社会の安定と秩序の維持に使われたものである・・・と承認されればOKでは・・・国連やC国以外の国々から感謝の言葉がもらえれば、積極的平和政策は承認されたと考えられますね。武力の行使は・・・行使する人間にかかっていて、その行使が良識によるものか、それとも独善によるものかの違いでは?法では解決できない決断を総理大臣の重責として求められている。ただそれだけ・・・しかし、その責務を果たせないから、弱虫の理論としての法整備へ走り、自ら判断しないことで責任を取らないで済ませる事になるのでは?続きはどんなものが続くのか?楽しくなってきました・・・

 今後、国会においても議論を進め、国民の皆様の理解を得る努力を継続していきます。十分な検討を行い、準備ができ次第、必要な法案を国会にお諮りしたいと思います。

 日本から離れた戦場を想定するものですから・・・国民の皆様ではなく・・・国際社会に対して発信しなければいけないのでは?でも・・・我が国・国益・都合の良い時は否定する日本国憲法の文言を利用する・・・という基本姿勢が抜けそうには思えないので、国民の皆様の理解を得て再選される事があっても・・・国際社会は納得しない可能性が高いですね。それに人間が判断しないで法というルーチンで戦争を判断させるとマズイと私は盲信しています・・・映画の影響でね・・・1983年のウォー・ゲーム WarGames や、1963年の博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb や、1995年のクリムゾン・タイド Crimson Tide などですね。まあ、映画からの影響ですから・・・きっと、私の妄想だと思います。日本の英知が2年半ほどの歳月で組み上げた精緻なお話でしょうからね。私のおよそ4時間の検討に比べると重みが違いますから。続きは・・・

 日本は戦後70年近く、一貫して平和国家としての道を歩んできました。これからもこの歩みが変わることはありません。しかし、平和国家であると口で唱えるだけで私たちの平和な暮らしを守ることはできません。私たちの平和な暮らしも突然の危機に直面するかもしれない。そんなことはないと誰が言い切れるでしょうか。テロリストが潜む世界の現状に目を向けたとき、そんな保障はどこにもありません。政府は、私たちは、この現実に真正面から向き合うべきだと私は考えます。

 一貫して、腰ぬけで対話すらできない平和国家としての道を歩んできたのか?これからも腰向けであり続ける事は変わらないというのかね?腰ぬけは判断できないから腰ぬけであり続ける・・・法という自動装置で腰ぬけも動かなければならなくして判断なしの武力行使か・・・平和国家として信念を持って行動して、自衛隊を世界平和のために使い、日本を納得させ、世界を納得させるような事はできないのかね?

 さすが日本!日本の国技で、世界に根回しし、世界を談合の席に招き、国際秩序の維持・安定をおもてなしの心で築き上げた!というのが、世界を俯瞰する外交では?そろそろ、4月29日から5月8日の欧州巡業の話を真摯にした方が良いのでは?なんとなくね・・・さて、続きは?わくわく・・・何が出るか!次回としましょう・・・

2014.05.18

  

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