東北をうろうろ(25)
 山寺 立石寺へ・・・・2

 宝物館を出て、隣にころり往生阿弥陀如来なんてあります。ころり往生は・・・歳をとってからならOKでも、若いうちはちょっと・・・くだらないことを考えてしまいます。苦しまずに眠るように、五体満足のままで・・・これならOKですかね?でも・・・

 それでも、でも・・・死にたくないものです。この世にはまだまだ体験しなければならないことがたくさんあるはずですから。何しろ、日々世界は変化しています。見つくす事はできませんからね。見ないうちに無くなってしまうものもあるし・・・

 世界を眺めつくすことは困難・・・インターネットで、さまざまなものを見ることができますが、実際に行ってみないとわからないことも沢山ありますからね。

 右の写真に写っている滑車にかけられた数珠、これって苦手です・・・なんとなく、引っ張ると紐が切れて数珠玉が飛び散りそうな気がして・・・思いすごしですが、なんとなくそんな気がして。実は、鰐口も・・・紐を揺すって叩くと、鰐口が飛んでガラガラと・・・逃げるわけにはいきませんからね。

 さて、このお堂は念仏堂で、参詣者も修業ができるとのこと・・・どんな修業ができるのか?写経の掲示が出てますね。あとは座禅ですかね?ちょっと気になるのは、自分自身・・・どうやら、今回の旅行は立石寺にたどりつく前に集中力が切れていたような気がするんです。注意力がかなり散漫になっているような?

 確かに、考え事が山ほどあって・・・現実に生きているというのはなかなか厄介なことで・・・なんだか霊場巡りの旅のようになってしまいましたがね。まあ、予定の仕事の写真は一通り撮ってはいますがね。

 さて、山門をくぐって上りに入ります。ちょっと登ると、なんとなく楽しそうにも見える石像の祀られたお堂がありました。姥堂とのこと、奪衣婆と懸衣翁?奪衣婆が2体?の像ですね。石像か・・・明治時代の本には、本尊は地蔵菩薩、1尺9寸の奪衣婆の木像を安置・・・

 案内には、ここから下は地獄、ここから上は極楽という浄土口とのこと。そばの石清水で心身を清め、新しい着物に着替えて極楽に登り、古い衣服は堂内の奪衣婆に奉納する。なんって書かれていましたっけ。

 三途の川か・・・三途の川を渡るのには3つの渡り方があって、善人は川の中ほどにある、金銀七宝で飾られた立派な橋を渡ります。罪の浅い亡者はこの橋より川上の膝下ぐらいの流れの山水瀬とか浅水瀬と呼ばれるところを渡ります。悪人は、橋の下流にある流れの急な所で、しかも波は高く岩が流れてくるところを身を岩に砕かれながら渡ることになります。ここは強深瀬とか江深淵と呼ばれ、岩で死ぬ目にあい、すぐに生き返り、岩に砕かれ、川底に沈めば大蛇がかみつき、浮き上がれば鬼王夜叉が矢を射かけてくるという難所を渡ることになります。

 奪衣婆の役割は?色々とあるようですが・・・渡し賃の六文銭を持たないものから服を剥ぎ取ってというのもありますが、奪衣婆は亡者の衣服を剥ぎ取り、懸衣翁はその衣服を衣領樹にかけます。すると、衣領樹は亡者の生前の業によってたわみ今後の処遇を示すというような話ですかね。

 三途の川では形式的要件による一審判決が出て、とりあえず3つのランクに亡者を分けるということになるのでしょうか?そして、地獄の十王による二審判決でどの地獄に送られるのが決まるということになるのでしょうか?

 妙にしんのすけがはまってる・・・縫いぐるみが似合うのはなぜ?しかし、暗夜に蝋燭の炎で照らされる姿は、かなり恐ろしげだと思うのですが・・・

 ここを過ぎると、妙に美しい景色が現れてきますね。岩肌には様々な彫刻が・・・後生車とか天気輪と呼ばれる塔婆の一種かな?などが置かれ・・・輪を回すと、供養になり、早く生まれ変われるとか・・・六道の輪廻をちょっと速く回す事が出来るのでしょうか?

 山中に仏国土を創造したのでしょうか?しかし、ちょっと気になるのは恵心僧都の往生要集の極楽は、きわめて平面的、地面は平ら、沐浴のための池がたくさんあり、高楼もありますが、雰囲気は比較的平面的な感じ、諸仏が静かに飛び交い・・・音楽や読経の声が静かに流れ、飲食物は豊富にあり・・・

 まあ、そんな感じですかね?日本的な浄土は、地獄もそうですが山中をイメージしているような?人は山里に暮らし、死者の霊は、近くの山に登り、やがてさらに遠くの高い山に登り、やがて天に昇華していくという感じのイメージなのでしょう。そのため、死者の魂の集まる霊山が各地にあるという感じなのでしょう。

 円仁は地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天、声聞、縁覚、菩薩、仏の10のランクを示してそれを山に擬えたのでしょうか?十界の思想・・・山を十合目までの10ランクに分けて・・・

 仏教ってのは、なかなか良い教え(哲学)なのですが・・・近頃は良い導師がいないのかな?経典は、その時代によっての読み解き方があるはずなんですが・・・同じ基本となる仏典を輸入しても、唐代の三蔵の教えと、日本に入ってきたときの教えには差があるはずです。そして、天台宗の教えも、最澄の伝えたものを円仁が密教と浄土教的な要素を加味してほぼ完成させ現在に至るという感じなのでしょうか?

 今は・・・ある意味末法なのかもしれません。しかし、人間の基本的な行動指針など変わっていないはずですから、どれだけ多くの人に現代的な解釈で仏のことば、まあ人間はいかに生きるべきか?それを示す事が出来るかではないかと思われるのですが・・・末法とは、法を説く優秀な人間が絶えた時代を言うのか?価値観が急速に変化する中で、人間がいかに仲良く生きるかを見失った時代か・・・

 過去の理想の上に、現代的な理想を加味しても、ベースとなる人間の幸せってあまり変わらないのかも?心の落ち着く美しい景色、気の置けない仲間との会話・・・会話のベースになるのは同じ文化・・・

 豊かになった時代には・・・他の文化をそれなりの尊敬の心で受け止めなければならないのでは?そして、良い部分を受容し・・・否定から入るのではなく・・・

 日本人ってのは、案外、文化の受容がうまかったのかな?草木国土悉皆成仏・・・皆が同じ価値観を持てば・・・ともとれなくはないかな?価値観が同じで、それが厳密であれば、一人の考えは万人の考え・・・

 まあ、多様性の対極ですが・・・どちらが良いか?理性的であれば・・・究極の智による究極の静けさと平和の世界が実現するのか?

 それより階段を上らねば・・・仁王門・・・仁王様がいますね。



 どうも、仁王様の写真は上手く撮れません。なんとなく、怖い印象はない仁王様です。なんとなく・・・鉄人28号を彷彿とさせるような・・・目の雰囲気でしょうか?運慶の弟子たちの作とか・・・地獄の十王も並んでいましたっけ・・・どうも、近頃は閻魔とか十王とかは流行らないのでしょうか?閻魔信仰が盛んだったのは・・・

 基本的には、平安末期の末法思想がらみで、預修十王生七経が広まり、日本では、地蔵菩薩発心因縁十王経が作られ、地蔵信仰と結びついて、賽の河原・三途の川で奪衣婆・・・往生要集で、地獄が一般化し、鎌倉時代に閻魔を筆頭とする十王信仰・・・江戸になると、十三仏信仰へと深化し・・・奪衣婆たちの一審、閻魔の二審、そしてプラス3の蓮華王・祇園王・法界王による三審制へと移行していく?事になるようです。33回忌まで確定しない?

 仏堂が、日本中にあっても仏教はどんな具合になっているのやら?どうやら、私を含めた一般の人間は、教義などはあまり関係なく、それぞれの家庭であるとか近隣の特殊な信仰習慣に則って、旦那寺の宗派の名か、氏神様の名を借りて宗教的な行動をしている?日本人の宗教は民間宗教で、組織化された組織宗教ではない?

 民間宗教には、教義とは相反する迷信の要素が多く含まれるので、何か宗教について調べると、歴史的な発展を考えないと矛盾が出てくるのかな?

 ああ、なるほど、迷信を排除して仏教を純化しようとした親鸞というのも最澄の原点に立ち返っての純化・・・空海が最澄に密教を教えなかった理由の、最澄のように純粋さを求めるだけでは密教は理解できない無理です!ってやつですかね?・・・時代は巡り、新たな宗派が現れる・・・六道輪廻のようなものか・・・

 というより、民族古来の原始的な習慣などに根ざした宗教の萌芽が、組織化された文化的・合理性を追求して純化された形の宗教を利用して、純化を果たし、今度は逆に文化の古層に根ざさない外来の信仰形態を食いつくしてしまうという形か?

 組織化されていないものを破壊することは困難・・・せいぜい、時代の流れで淘汰されるが、ときどき復活し、流行神となって現れる・・・よって、文化の古層は保たれる・・・民族性は不変?と言えるのか??

 とにかく、奥の院まで登ってきました。山中他界・・・奥の院は何?というより、ここまで来てきょろきょろしてしまいました。

 下から見た、岩場の上に建てられた建物が見えませんからね。五大堂・・・仁王門のあたりから実は気になってたのです。あの場所から少しずつ離れて行ってるぞ!ってね。

 絵馬が色々と上がってるぞとか眺めるわけですが・・・気になります。お堂の中を少し覗き込むと不思議な空間です。

 ムカサリ絵馬ですね。どうも、苦手・・・まあ、気持ちはわかるのですが・・・私もあきらめて上げるか・・・

 それは良いとしても、奥にある大仏殿のひさし部分がやたらと長いのでは?ちょっと不思議な建物です。

 こちらが、供養を中心に行っているお堂で、卒塔婆供養を行っているとのこと・・・

 日本人の宗教観というのはどうなっているのやら?明治時代に神仏習合は止めにして、神仏を分離したはずなのですが・・・色々と形を変えて習合されているような気がします。

 なんだか、パチンコ屋と景品交換所という分離されたもので、実質的な賭博が成立しているのと似ているような?ひどく不謹慎ですが、論理構造としては同じような?

  

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