東北をうろうろ(6)
 奥入瀬を通って十和田湖へと・・・
 八甲田から奥入瀬へと向かいます。奥入瀬渓流は素敵な場所です。道路の脇を渓流が流れていきます。この道路と、川の流れの高さがほぼ等しいのは・・・不自然なような?

 この道路+川ってこの川が氾濫を繰り返して削り取ったものでしょう。そして、川の水量を一定に保つことと、道路の保守管理で、道路が川に飲まれないように維持されていると言うことを意味すると思うわけです。

 自然に見える川も、人間が厳重な管理の下に運用しているような気がしちゃうんです。この道路はたぶん1960年代の開通では?あれ・・・

 なんと、この川は冬期には流れが無いような?11月11日から4月9日の間は放流を行っていない・・・条件がよければ1秒間に5.49立方メートルの放水だって・・・

 この川は自然ではないと言うことになります。ちょっとがっかり・・・夜間は毎秒0.28立方メートルの放流か・・・美しい自然と思っていたのが、なんと事実上人工の川であったと言うことになりますかね・・・

 観光放流期間以外は水の無い川・・・観光客がいない夜間にも水量が極端に落ちる川・・・なるほど・・・この道路は自然の力を考えるとありえないと考えたことはどうやら正しかったようです。インターネットは、こういった疑問にすぐに答えてくれるので面白いものですが・・・興ざめ・・・明治神宮の森と同じような渓流・・・日本には手付かずの自然は、人間の立ち入らない場所だけに存在し、人間の立ち入らない場所は無いので・・・日本には、手付かずの自然は存在しない?と言うことになるのかな?

 右の写真のようなすばらしい水の流れも、観光客の入り具合で変わると言うことなのですね。水利が絡むのか・・・

 そのうち、奥入瀬の渓流区間に何人の観光客が入っているから、放水量はこれくらいとか定める時代がやってくるのかね?などと下らないことを考えてしまいます。

 しかし、実際に4月初旬、11月初旬の観光シーズンの両端の観光放水量は小さく、雄大な水の流れの演出はないとのこと・・・しかし、近頃はこの期間の観光客もやや増加しているので、放水量の見直しをすべきであると言うような話になっているようであります。

 しかし・・・自然の川と思っていたのに・・・ここまで管理されている川とは知らなかった・・・

 十和田湖がらみの水は明治30年ごろから鉱山が開かれ、その鉱山で利用する電力を生み出すために利用されるのが始まりのようです。そして、昭和12年に昭和12年奥入瀬川河水統制計画によって発電用・農業用の水瓶として十和田湖を利用するようになったようです。

 ああ、この電力不足の世ですから、観光よりは発電用に水を使うことになると・・・ますます、こういった観光地の渓流は色を灰色にしたちょろちょろとした流れになってしまうのか・・・

 でも、ある意味必然なのかもしれません・・・十和田湖のような山の中の湖の水資源は昔から、農業用水や時代が下ると発電用に利用されていた・・・その水が不足するので人口の湖・・・つまり、ダムを建設してきた。わざわざダムを作る必要があると言うことは、自然の湖の水はすでに使い道が定められており、自然のものではないと言うことになるのでしょう。

 ああ、この日は放水量が多かったんですかね?水の色がかなり深い色になっています。

 ああ、気がつかなければ良かったかな?しかし、私もこういった管理された自然の方に安らぎを感じるのかもしれません。

 この道路・・・過去の水害による浸食作用の上に出来上がっていると考え、道路の上にも大きな岩が時折上がってくるのでは?そんなときにはこの渓谷を埋め尽くすような濁流が押し寄せるのか・・・なんって、自然の猛威を考えていたわけですからね。

 ふむ・・・自然には2つの顔があり、一つを和魂、もうひとつの顔を荒魂があり、基本的には和魂を眺めていたい・・・その実現のため、荒魂をダムなどで押さえていると言うことですかね?

 ああ、なんとなく理解できたことです。荒魂を奥宮に祭る・・・強烈なパワーを持った神、人間から見るとそのパワーは無秩序に現れると恐怖の対象になり、荒魂として封じ込め、わずかにもれるパワーを和魂として使いたい・・・ふむ・・・ふむ・・・

 さて、パワーの源の十和田湖はどんな具合やら・・・

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