歴史の中をうろうろ(9)
 日韓併合でどんな変化が・・・(9) 朝鮮の風俗b

 さあ、次は民間信仰第二部 朝鮮の風水を眺めてみることにしましょう。風水とは何?これまた問題ですが・・・生活環境の学とでも仮に考えることにしましょう・・・理由は、放浪生活の末に、人跡未踏の美しい世界に出会ったとします。豊かで美しい土地です。そこで生活することを考えます。さあ、どこを本拠にする?景色を優先する?それとも、水場?それとも冷たい北風を防げる場所?それとも、人が集まり都市が作れそうな場所・・・生きるのに適した場所の選び方の学と考えれば、それほど外れていないように思えます。

 本来は、合理的な学で出発した単純なものが、さまざまな迷信を含み、肥大化したところで、論理的な整合性を保つように改変され権威づけられたものが、体系化された難解な、専門家が解き明かす風水へと発展したと思うわけです。その中でも、本来の生活とは無縁な・・・まあ、考え方によっては墓は、陰宅と考えることも可能ですが・・・祖先崇拝と、父祖の遺体や墓の状態、墳墓の位置などを説くようになり・・・つまり、墳墓のことになると、生活とは無関係に理論だけが発展し、生活に無関係であるから、それは検証する必要もないし、生活の中で淘汰されるものでもないので・・・純粋に、理論的に納得できるものであれば良いものになったということなのでしょう。

 さて、何を持って正しい・・・と信じさせることができるか?理論を証明するのではなく、現実の状況から理論を構築すればOKでしょう・・・有名人を輩出して今につながる家の墓を説明すればOKでしょう。そして、それは、理論として正しいとすり換えればよいというわけです。例外的な墓は?新たな理論の糸口を作ってくれますね。この墓の場合、XXを置くことで・・・吉相に変えられるとか・・・

 ふと、朝鮮にはまともな橋がない・・・水の流れが大切だからなのでしょうか・・・イザベラ・バードが旅行では船を多用してましたっけ、当時の船を考えると、橋など邪魔物で、水路の利用が盛んで道路など利用価値の低いものだったのかもしれません。右の写真を眺めるとそんな気がします。

 日本でも、勝鬨橋などの可動橋が水運盛んなりし頃にはつくられたようですが・・・今ではあまり見かけなくなりました。

 それだけ国内水運が盛んでないということなのでしょう。まあ、右の写真のような帆船が使われていないというのもあるのでしょう。そして、道路の交通を遮断してまで船を使うことがないのかもしれません。

 ん?風水か、道路などを作ると地脈が乱れる、なるべく道も整備せず、橋もかけず・・・ちょっと興味がわいてきました。どうも、私は風水になじめないような・・・体系の基盤になっている部分が理解できないというより、意味のない体系は・・・・でも、読み進めば何かに出くわすかもしれません。

 基本的には、比較的乾いていて、北に山があり、水が南に流れている。水はストレートに流れるのではなく、うねうねと緩やかに流れ、陽が当たり、山に囲まれている盆地状の場所で風は入ってくるが、風が抜け去らない。まあ、強い風の吹きぬけない場所が良いようです。

 交通手段は、船と馬・・・通貨は銭のみ・・・まあ1文銭だけで、馬1頭の駄載能力は当時の邦貨で25円、ちょっと前なら25両、切り餅1個分・・・千両箱は4つぐらいは駄載できそうですから・・・現金決済はなかなか困難だったのでしょう。

 風水で扱うのは、陰宅と陽墓・・・死して入る墓と、墓に入る前の自宅です。いずれにせよ・・・地域という概念があって・・・局と呼ばれる単位がどうやら、地域社会ということになるようです。風水は、完結した地域社会を扱うもののようです。地域社会と地域社会を結ぶものが、風であったり水であったり、それを遮るものが地の龍・・・山と考えれば、少しは現実的になるかもしれません。無理やり合理的に考えると、地政学と考えてもよさそうです。

 局・・・これが、地政学で言う、その国にふさわしい資源を得るための場・・・生存圏;レーベンスラウムということになるのでしょうか?まあ、地政学なんって学は・・・私はあまり意味を持たないような気がします。富の集まるところというのは、その時代の交通手段の変遷で変わってきます。地政学華やかなりしころは、道路・鉄道・船舶・鉱工業などが急速に発展していった時代です。さまざまな学説の出た時期を考えると、新たな交通手段、大量輸送手段によって、その時代の重要な価値ある産品・・・国の富の集まる場所が変化していったこととの相関関係が見られるような気がするのでね。

 風水は、八卦などにも関連を持ちます・・・易経なども興味深い書です。二進法の世界・・・陰と陽の0・1これを3桁にして2×2×2=8、3ビットの世界・・・これで、全てを表現するのは凡夫には無理なので、こいつを2つ重ねて2×2×2×2×2×2=64通りにしたやつですね。そして、五行思想も入り込んで・・・相生になるような、美しい循環で繁栄を目指すか・・・

 風水の理論解説にうんざりして投げ出しそうになった時、・・・朝鮮の葬法が示されています。葬儀はあまり興味はないのですが、葬り方は興味深いものです。どうやら二重葬のようです。まあ、日本の古代にあったやつに近いような気がするのですが・・・やっていることは似ているけど、儀式の体系は違うのかもしれません。

 日本の場合、隋書によれば、死者は棺に納めて3年ほど外に置いて殯(もがり)を行い、その後墳墓に納めるわけです。長い殯は大規模な墳墓の整備に必要だったのではないかと言われますが・・・きっと、高貴な方々は骨にして墳墓に納めたのではないかと・・・貧乏人は数日で埋めてしまう・・・この差は何?高貴な方々は長期間の殯、そうなれば庶民も1日でも長い殯を行いたいのが心情でありましょう。高貴な方々にできて、庶民ができない理由は、大方は費用の問題でしょう。殯・・・長期間にわたって死体の番をしないと、野獣がやって来てしまいます。刃物や火を使って追い払わねばなりませんからね。こいつは大変です。陵戸とか守戸とかが、そういったものの役割を担ったのでしょうか?

 ああ、好きではないですが賤民にふれないといけないことになるようです。一般的には、五色の賤というやつ陵戸・官戸・家人・官奴婢・私奴婢というやつです。

 賤民というものの存在は何なのでしょうか?律令制での身分秩序は、国民を良民と賤民に分けます。しかし、律令体制というのは、王が君臨し、王から一段下がったものは平等であるとするなら、賤民を置く理由が見当たりません。まあ、日本の律令制は本家中国のものとは、内容的に違う可能性があります。

 班田収受法など・・・大規模な新田開発によって、十分な水田開発が行われていなければ無理・・・多分、夜刀神との争いの中で開墾された水田が、班田の対象になったのでは?そして、新田には良民と官戸・公奴婢が配置され・・・良民の下に家人・私奴婢があったでしょう。班給される口分田の広さからね。昔から気になっていて、自分の中で解決していないもの・・・それは位田です。輸租田ですから納税の義務があります。この位田は誰が耕作するの?国民の全てが水田耕作者で土地が与えられるとなると・・・耕作可能な人間は、家人・私奴婢ぐらいですね。最下級の貴族従五位で8町・・・1町は10段、良民の給田は2段ということは8町は良民男子40人分の労働が必要・・・家人・私奴婢1人が1耕作すると、良民は3耕作し、8町を耕作するには120耕作するのだから、家人・私奴婢は1人で良民との差で2位田を耕作すると、従五位の8町は60人ほどの家人・私奴婢を持たなければならない事になるのか?

 だって、何かしでかして急に従五位に任ず、ほれ位田だ8町、税金払えよ!と言われたら・・・1人で40人分の仕事はできません・・・

 班田を基本とするなら、家人・私奴婢が600人ほどいると、80町の田が耕作できて、正一位の位がもらえるとか・・・貴族の位など、財力というか下に付く人間の数で威力が決まるような気がします。あれ、また変な方へ行ってる・・・

 とにかく、お金持ちは長期間の殯を行うことができるというわけです。朝鮮での葬法は、死者を菰で包んで、草墳、藁葬、草殯よばれる置き方をして、3年経って骨だけが残る時期になると、菰を解いて洗骨して棺に納めて墓所に埋葬するということになります。

 右のような草ぶきの仮設小屋の中に遺体を安置するようです。

 どうやら、この方法はちゃんとした葬祭儀礼なのか死体遺棄なのか微妙なものだったようです。葬祭儀礼だと、野にある遺体を管理する人を置いて喪に服している気配があるわけです。しかし、形式は同じでも野に置いて禽獣の手にかかってしまうと・・・こいつは喪に服しているようには見えませんから・・・死体遺棄?という状況が生まれてしまいます。

 実際、そういった線引きはあったようです。貧しいが、ちゃんと3年間の喪に服して表彰されるもの、ちゃんと埋葬しなかったことで非難され職を解かれる人・・・

 案外、朝鮮に虎が残ったのは、人間の腐肉を食することで・・・まさかね。しかし、虎狼の跋扈するところでは遺体を安置している場所に仮設の小屋を置くことも危なかったようです。

 菰包みの遺体の置き方のバリエーションは右のようなもののようです。

 朝鮮には、こんな具合に死体が、あちこちに放置されて、埋葬の日を待っていたようです。高いところにあるものは虎狼の手にかからないようにしたものと考えても良いような気が・・・

 しかし、痘瘡で死んだ人を木の上にあげていたとか・・・地域差もあるようです。そういった、信仰からも、この手の葬祭儀礼とそれに類似した死体遺棄の線引きが困難だったのでしょう。

 困難だから・・・ときどき、酷法で取り締まり、時には奨励することが行われたのではないかと思います。

 さて、この葬法・・・かなり凄そうです。理由はその悪臭・・・海岸にウミガメが打ち上げられると、腐敗が始まります。その匂いは・・・半径100mぐらいまで感知できます。まあ、風向きにもよりますが・・・遥か彼方では、アミノ酸系のおいしそうな匂いが感じられて・・・近づくと・・・人間もウミガメも同じくらいの重さがあるでしょうから匂いも似たようなものでしょう。

 殯・・・いかに早く人体を骨にするか・・・これに尽きるような気がします。読み進むと、琉球の葬制とかも出てきて・・・面白くなってきたぞ!って感じです。ああ、みの虫が目につくシーズンが・・・なんとなく・・・
 
(2012.10.25)

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