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日本貧窮者経済新聞
 アメリカ様は強大な軍事力を持っても、ベトナム戦争に負けたのか・・・(4)→この最初へ

 さて、前回の続きですね・・・日本の社会の異常な先進性という奴は面白いね・・・とにかく、ベトナム戦争 - Wikipedia これに戻ると・・・

ケネディはアメリカ政府によるコントロールが利かなくなっていたジエム政権への揺さぶりをかけることを目的に、あえてこれまでのような軍事顧問団の増強方針から一転して、1963年10月31日に「1963年の末までに軍事顧問団から1,000人を引き上げる」と発表。1963年11月にはマクナマラ国防長官が「軍事顧問団を段階的に撤収させ、1965年12月31日までには完全撤退させる計画がある」と発表し、アメリカに対し敵対的な態度を取り続けるジェム政権に揺さぶりをかけた。なお、後に泥沼化したベトナム戦争からのアメリカ軍の完全撤収を決めた「パリ協定」調印に向けた交渉を行ったヘンリー・キッシンジャーは、ケネディ政権による「軍事顧問団の完全撤収計画」の存在を否定しており、このケネディ政権による「軍事顧問団の完全撤収計画」の発表は単なるジエム政権に対するブラフであり、これ以降も軍事介入拡大政策を取り続ける意向であったことが明らかになっている。

 実際に後ろ盾にならないとバレると、ジャスミン革命が・・・朝鮮戦争だって・・・僕は帰る!で、始まっちゃいますからね。朝鮮戦争 - Wikipedia アメリカの誤算 こんな具合にね・・・どうやら、アメリカ様のハッタリは・・・良い方向には働かないというだけの話ですね・・・僕、おはじきを持って家に帰る!これではハッタリにもならないというだけでしょうね・・・小さな普ちゃんのポチ国も同じパターンが好きですからね・・・国際連盟の脱退もそうだし・・・TPPに関する参議院の決議も・・・交渉に当たっては、二国間交渉等にも留意しつつ、自然的・地理的条件に制約される農林水産分野の重要五品目などの聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は、脱退も辞さないものとすること。・・・要求が通らなかったら、僕、お家へ帰る!これじゃダメじゃん・・・幼いのでは?逃げを打つ文言が、なんとなく立派に見えちゃうのが良くないね・・・精神的に幼いから、その幼さを隠すための様式が発達しているような感じですね。要求が通らなかったら、お家へ帰る!というなら・・・最初から出て来るなよ!本気じゃないんだろ?と私は言いたくなるのでね・・・

 どうやら、アメリカ様は、強大な武力を持つ割には、優柔不断なのでは・・・統治能力の欠如か?あとは、大統領の交代期の攻勢・・・

ジョンソンは、前任者のケネディが増強した「軍事顧問団」の規模を維持するだけにとどめたものの、就任から9か月後の1964年8月2日と8月4日にベトナム沖のトンキン湾で発生した北ベトナム海軍の魚雷艇によるアメリカ海軍の駆逐艦「マドックス」への魚雷攻撃(トンキン湾事件)が発生し、ジョンソンはこの報復として翌8月5日より北ベトナム軍の魚雷艇基地に対する大規模な軍事行動を行った。さらにこの軍事行動と合わせて、議会に北ベトナムからの武力攻撃に対する「いっさいの措置を取る」権限を大統領に与えるように求め、8月7日に上下両院でこの「トンキン湾決議」が民主党と共和党の議員の圧倒的な支持で承認されて、ジョンソン大統領は実質の戦時大権を得た。

その後1971年6月にニューヨーク・タイムズの記者が、ペンタゴン・ペーパーズと呼ばれるアメリカ政府の機密文書を入手し、8月4日の2回目の攻撃については、ベトナム戦争への本格的介入を目論むアメリカ軍と政府が仕組んだ捏造した事件であったことを暴露し、当時国務長官であったマクナマラも1995年に同様の内容を告白している。捏造は8月4日の事件であり、8月2日に行われた最初の攻撃は、アメリカ海軍の駆逐艦を南ベトナム艦艇と間違えた北ベトナム海軍の魚雷艇によるものであることを北ベトナム側も認めている。


 いつも、事件の捏造をするのでね・・・不誠実なのでしょうね・・・これでは負けるね。やっている事が、小さな普ちゃんと同じじゃん・・・色々と隠すけれども、不史実であることがバレてくる、余計なことばかりしてシステムをいじるから・・・システムの運用側も限界が来ると・・・色々と書類が出てきちゃう・・・そうなると、北爆だ!でエスカレート・・・結果は・・・

アメリカ軍による北ベトナムへの本格的な空爆作戦に対して、ホー・チ・ミンをはじめとする北ベトナム指導部は、「アメリカ軍による虐殺行為」だと訴え続け、後に西側諸国における大規模な反戦活動が活発化していく。

 強大な軍事力は虐殺を生み・・・虐殺は人が憎むものとなる・・・ソンミ村のミライ集落において無抵抗の村民504人を無差別射撃などで虐殺するソンミ村虐殺事件が発生し、この事件が報道されるとアメリカ国内で反戦運動が激化する。・・・自由と民主の戦いではないことがバレちゃうとね・・・そして、虐殺を行っている側も疑問を感じるようになる・・・アメリカ合衆国政府内でも、ベトナム戦争の続行に疑問の声が出るようになった。しかしジョンソン大統領は依然として軍事強化の路線を変えなかった。 ・・・意地を張っても、内部から疑問の声が出るようになり・・・人も去るようになるとね・・・結果は・・・

1968年2月にアメリカのジャーナリストで「アメリカの良心」ともいわれて人気のあったウォルター・クロンカイトが「民主主義を擁護すべき立場にある名誉あるアメリカ軍には、これ以上の攻勢ではなく、むしろ交渉を求めるものであります」と厳しい口調で発言して戦争の継続に反対を表明、アメリカの世論に大きな衝撃を与えた。

 民主主義でも共産化は1つの選択肢に過ぎないですからね・・・

3月31日にジョンソン大統領は、テレビによる演説で北爆の部分的停止と、北ベトナムに対して無条件での交渉を呼びかけて、民主党大統領候補としての再指名を求めないことを発表した。理由として、ベトナム戦争に対するアメリカ国内の世論が分裂して、国論の統一に残りの任期を費やすことを挙げた。

反戦集会は連日全米各地で巻き起こっていたが、この盛り上がりに大きな影響を与えた公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、4月4日に白人のジェームズ・アール・レイに遊説先のテネシー州メンフィス市内のホテルで暗殺される。さらに、公民権運動団体などを中心とした支持を受けて、民主党の大統領予備選に出馬し優位に選挙戦を進めていたロバート・ケネディが、カリフォルニア州ロサンゼルス市内のホテルで遊説中の6月5日に、パレスチナ系アメリカ人のサーハン・ベシャラ・サーハンに暗殺された。


 事実上のプチ暴力革命がアメリカ本国で起こるようになったら・・・ベトナムからのアメリカ軍の「名誉ある撤退」と、反戦運動が過激化し違法性を強めていたことに対し「法と秩序の回復」を強く訴えた共和党選出のリチャード・ニクソンの勝利という、国民の審判がくだるわけですね・・・ベトナム戦争は、アメリカ様の実質的なベトナム侵略で引き起こした各種戦争犯罪の跳ね返りがアメリカ様を倒しただけではないかね?こうなったらおしまいですね・・・

 小さな普ちゃんの見栄とハッタリを嘘で固めたようなものはどうなるのかね・・・誠実でないといけない・・・それだけじゃないかね?とにかく、小さな普ちゃんがやった事って、あまり上手く行ってないじゃん・・・自分のお友達ファーストでしくじっているし、オバマ大統領の政権下に、トランプ大統領に会いにく!外交をするんだ!・・・外務省は、引き延ばしをして胡麻化そうとしたら・・・通産省を使って、会談を実現しちゃうしね・・・後で、ホワイトハウスから怒られたようですがね・・・馬鹿は仕方ないね。

 誠実さの欠けるような事ばかりやっていると、足元が揺らぐという事でしょうね・・・アメリカ様も、大統領の交代期の軍事攻勢のための各種謀略はそろそろ、色々なところからバレて来るのでは・・・だって、ワンパターンですから・・・さて、朝鮮半島に平和がやって来るのかね・・・?

2018.04.27

  

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