現在をうろうろ(3700)
日本貧窮者経済新聞
 日本文化と異文化と・・・(1)→この最初へ

 さて、何か面白いものは無いかね?毎日こればかりですがね・・・日本文化の考察もそこそこ面白いのですが・・・何だか貧乏くさくなりそうでね・・・ポチ国に豊かさはあるのか・・・?これの方が気になりますね・・・しかし、今年は寒いね・・・毎日凍るような寒さがね・・・私は、暖冬が好きだ・・・戦争になれば、暖房など・・・欲しがりません勝つまでになるでしょうからね・・・

 まあ、現在・・・海岸の付属地に積んである笹竹の質量からすると3か月分の6畳間の暖房位の熱量はあるはずですね・・・鋳物のストーブもあるし・・・まあ、パラリンピックの終わる頃に灯油の40リットルも買っておけば・・・炊事用の数か月分ぐらいにはなりそうですからね・・・パラリンピック前に、小屋の整備を始めないとね・・・核戦争になるかもしれないという危機感を持って・・・

 まあ、核先制攻撃になるか、核の先制使用になるか・・・どちらでも同じような物なのに、そんな言葉にこだわる頭の悪いのもいますから・・・結果は同じじゃん・・・終わらせるためのエスカレート・・・弱力化しても大差ない・・・核汚染は起こるし・・・核使用への道が開かれれば・・・勝つためには・・・賭けに出るしかないじゃん・・・報復装置があるかどうかの問題だね・・・頭の悪いご都合主義者は下らない些末な言葉の違いで遊びやがるから困るね・・・まあ、そういった所から頭の悪さが分かるので簡単ですがね・・・

 私は、遊ぶために頭を使っていますが・・・ある意味、食うために頭を使っている連中よりアドバンテージがあるね・・・私の方が有利!今の消耗率なら・・・あと1万日ぐらいは遊べるかね・・・いざとなれば、手持ちの物を売り・・・自宅も売れば2万日は楽に行けるでしょう・・・とかね。まあ、いまのサイトが手狭になったら、広告収入を得られるところへ・・・とりあえず準備はしてありますがね・・・

 人は何のために働くのか・・・?日々の糧を得るため・・・私は、それだけでは面白くないと思っていて・・・早期引退を決めたようなものですからね・・・ただ、既に50半ばですから・・・既に棺桶に足を突っ込んでいるようなものですからね・・・あと1万日の命だね・・・人間は3万日の命ぐらいですからね・・・長いか短いか・・・このところ1日が短くて・・・あっという間に1週間が経ちますからね・・・既に2月も半ばですからね・・・まあ、私は毎日楽しく遊んでいますが・・・捨てたものも多いのでね・・・それも知っていますね。

 まあ、私には・・・奴らはどう思ているかは知りませんが・・・教え子はいっぱいいますから・・・ソフィストとしてね。人に関わる商売は悪くない・・・こんな奴もいたと思い起こせるからね・・・今が大切だとも知ってはいますが・・・今は暇ですから・・・さて寝る!起きた・・・

 朝鮮半島情勢が面白いね・・・どうやら、民族意識の方が政治体制というものより上位の概念であることが理解できそうな感じですね。かわいそうなアメリカ様・・・民族の確信が無いから理解などできないのではないかとね・・・ポチ国はポチで負け犬魂の国ですから、あの敗戦ですっかりポチになって幾十年・・・というわけで、小アメリカ主義の事大主義ですから・・・島国は異民族との交流が少ないから、民族の確信に至らずだらだらと・・・なんとなくね。アイデンティティーの問題ですからね・・・

 民族の確信が、異民族との対比によって作られたものではなく・・・律令体制によって生み出されたという事ですかね・・・儒教精神・・・従って、民族の確信というより信仰に近いから・・・祭天・・・ああ、そうか・・・祭天 - Wikipedia 日本には・・・

唐から日本に伝わり、冬至の日に先帝を祭る儀式が行われた。『続日本紀』によると、725年に聖武天皇が朝賀を受ける礼や、785年の冬至に桓武天皇が河内国交野郡で執り行った儀式などがこれに当たると言われている。

 形式として、冬至の日に先帝を・・・は、こじつけだね・・・祭天(さいてん)は、天を祭る儀式。古代中国では天子のみが行った。古代中国から伝わり、日本などの文化圏にも形を変えつつ影響したものと思われる。・・・日本には独自の祭天の儀式があるね・・・日本独自の・・・斎宮、特定の人物を言えば斎王ですね・・・斎宮 - Wikipedia 制度としての斎王は『日本書紀』崇神天皇紀によれば、崇神天皇が皇女豊鍬入姫命に命じて宮中に祭られていた天照大神を大和国の笠縫邑に祭らせたとあり、これが斎王(斎宮)の始まりとされる。・・・これですが・・・律令体制の枠の中に旧俗が国家行事として現れてきただけで・・・文献に残る祭祀の形式は・・・卑弥呼に始まりますからね・・・卑弥呼がいて倭王は大夫を派遣の記事があるから・・・神系は2系統あったのでは?出雲系の男を中心としたものと、高天原系の巫女による祭祀・・・天照大神を正しく奉れるのは誰か?皮を剥いだ馬で奉ろうとして失敗した馬鹿男がいましたからね・・・結局、天照大神を正しく奉れるのは・・・アメノウズメと言う事になりますね・・・祭天はアメノウズメから始まる・・・多分、律令を継受する中で巫女による祭天が影を潜めて・・・752年に制度化される・・・

 そろそろ、日本でも巫女が流行るかもね・・・明治になって神道の再編があったわけですから・・・鹿島神宮では大宮司家と大祢宜家があって・・・大宮司家は本殿の外の一切の祭祀を、大祢宜家は物忌を出して、本殿内の祭祀をしていましたから・・・そして、民衆一般は総大行事が行うという形・・・神につながる形が左のようになるのかね?

 日本が氏神を奉る集団に分かれていて・・・神をまつるのは物忌(女)の仕事、そして・・・神は垣の内に送り込まれて、垣の内は物忌、その外側は律令体制へ移行する中で中央から政治将校の大宮司が派遣されて統治が行われた・・・その1つのエピソードが、国譲り・・・葦原中国平定 - Wikipedia

大国主の国譲り  建御雷神は出雲に戻り、大国主神に再度訊ねた。大国主神は「二人の息子が天津神に従うのなら、私もこの国を天津神に差し上げる。その代わり、私の住む所として、天の御子が住むのと同じくらい大きな宮殿を建ててほしい。私の百八十神たちは、事代主神に従って天津神に背かないだろう」と言った。大国主神は出雲国の多藝志(たぎし)の小濱に宮殿を建てて、たくさんの料理を奉った。

 多分・・・鹿島神宮も基本は地方神を奉る物忌を出す家の大祢宜家が氏の長者で鹿島神領を統治・・・律令体制に組み込まれる中で大祢宜家が中央からの派遣の大宮司の下に付き、形式的には神につながる物忌を出す・・・神と神子・・・精神面での支配力の維持・・・民衆統治の原則は律令体制へ・・・律令制が崩れて武士の時代で幕府任命の総大行事が民政一般を・・・まあ、こんな所ではないかと・・・明治維新で・・・神は女が祀るものではない!で物忌が消えた・・・形骸として巫女さんが色を添えている・・・

 こんな風に・・・あまり、民族意識が生まれないような・・・神ながらの道を歩んだ末の民族という感じですかね・・・本居宣長君もあまり体系化は・・・というより神人関係が単純すぎて・・・「もののあはれ」しか見つけられなかっただけなのでは?時代の要求により付け加えられたものを排除したら・・・神と人との上下関係しかなかった・・・つまり、玉ねぎの外側の細胞を眺め、生命の本質を見極めようと・・・皮をむいて調べて行ったら・・・中心にも同じ細胞が見られておしまい・・・「もののあはれをしる」・・・だね。

 私は、頭が悪くて・・・あまり、複雑な概念を理解できないので・・・要素分解をやるのでね・・・単純化してしまって満足しちゃうから、学者になれない・・・要素から再構築して複雑なものにすることもできるが・・・構築に飽きちゃうのでね。分解する過程で見てきたものを再構築するのは面白くない・・・それだけ・・・まあ、自分の未来に関わる再構築は行いますがね・・・私は、基本的にホモ・ルーデンスなので・・・さて、何か食わないとね・・・今日の貧乏料理は何にするか・・・

2018.02.14

  

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