香取神宮をうろうろ(80)
 香取志 (14) 古代の米作り・・・

 二酸化ケイ素の仲間はまだあるなあ・・・水晶の仲間・・・たまには色の無い透明で・・・金糸が入ったような水晶も良いかもしれません。・・ルチルクォーツ・・・なかなか綺麗な石です。残念ながら、これは8カラットちょっとの小さな石ですね。程よく金色の針のような二酸化チタンの結晶が入っているものです。

 この金色・・・窒化チタンの色と似てますね・・・工具鋼の表面にコーティングした耐摩耗性を高めているコーティング・・・思いつくのがこういったものだから良くないんですね。

 金線入り・・・金銭入りとか、金運向上のパワーストーンとか言いますが・・・持っていても効果は感じられません・・・これは、多分天然石ですが・・・別に、パワーストーンを集めているわけではないのでね。

 自然界にあるものを理解したいだけなんで・・・只の石ころでも良いのですが、高級おはじきの方が眺めるのが楽しいですから・・・そりゃ、様々な造岩鉱物が鏤められた深成岩なども良いのですが・・・さて、稲作の方を・・・

 さて・・・蔵が建つ・・・蔵ってステータスでは?何しろ、竪穴式住居に住んでる人に高床式の蔵は似つかわしくない・・・倉庫は富の象徴なのでしょうから・・・というより、稲作で重要なのは?と考え始めてしまいます。種籾は供給されたものとします。準備は不要・・・日本に稲作が入ってきた頃は・・・沼田圃ですかね?湿地をならしてそこに種籾をばらまくのかね?

 縄文晩期のプラントオパールによって明らかにされた稲作は、なんとなく灌漑機構を持った水田を用いた稲作ではないかと思われますね。小規模な、適した湿地をなんとなく利用してじゃないかと思われます。根拠は・・・水田の遺構が見当たらないようですから・・・まさか・・・浮島の上で稲作をしていたとか?確か・・・おぼろげな記憶・・・霞ケ浦にもこういった人工の浮島の上で水稲を作っていたとか?記憶があやふや・・・何で読んだか?現近代の話・・・

 草で作った船のような物に泥でも詰め込んで、そこに種籾を播いたかね?これなら、灌漑をする必要がない・・・マコモの船・・・マコモで作った盆茣蓙を丸めて船を作り・・・ミソハギの束に種籾を埋め込んでマコモの舟に刺したか・・・お盆の行事の象徴性・・・縄文の記憶かね?妄想的歴史学・・・これなら、耕作地の遺跡は見つからないが、かなりの収穫が得られそうな気がしますね。一種の水耕栽培・・・弥生時代になって、水田耕作へと移行かね?

 お盆の行事として仏教伝来以降と思われますが・・・なんとなく、巻行器とか・・・マコモで米を包むやつ・・・右のようなやつですね。米とマコモの不思議な関係・・・妄想妄想・・・

 妄想のついで・・・香取神宮の御田植神事で稲の苗の代わりに草を紙に包んで持つんですが・・・稲の代わりにひいな草をもちゆ・・・ってあるからなんとなく・・・

 茅の輪なんかも・・・粽とか・・・なんとなく・・・藁とか束ねたものを見るとなんとなく・・・藁苞とか・・・妄想は果てなく・・・

 稲穂は水の中に倒れると、穂発芽ってやつをやってくれますから、マコモのように浮きやすいものと稲穂を束ねて作った茣蓙状のものを水に浮かべておけば、それでも発芽しそうに思えてね・・・

 まあ、この線で考えればOKかな・・・流れのない池の中に放り込んでおけばOK・・・根が張れば、藁苞はバラバラにならないでしょうから・・・池の水面を耕地として使っていたと、とりあえず信じてしまう事にします。そうしないと、先に進めませんから・・・これで耕作せずに稲を収穫できますね。浅い所へ引いて行って穂首を刈って収穫してそのままにしておけばOKかね。いや・・・岸から少しずつ沖に伸ばして行ったか?杭でも打って流れないようにしつつ・・・水位変動は浮いているからあまり関係ない・・・何しろ、ヒシとか食べてたはずですから、似たような感じだったのでは?

 収穫した穂は、乾燥させて・・・温度が低く、乾燥した場所へしまっておけばOKですね。縄文晩期の集落の中に米の貯蔵に適した場所って・・・縄文時代にも高床式の倉庫があったような?

 三内丸山遺跡の掘立柱で、周囲に生活痕がない奴なんかがそういった場所の候補ですかね・・・高床式の倉庫を建設する事が可能であった事実だけでOKでしょう。米は・・・個人の管理下に置かれたのではない事にすれば良いのですから・・・共同体の所有・・・これを分配する人が偉い人ですね。

 さあ、妄想・・・種籾をもらって、栽培・・・3反分で12kg、先ずこれについて初穂料として倍返し・・・24kgを上納・・・残りの米も全量倉庫へ・・・手元には米は基本的に無い状態が想定される?基本全量倉庫へ・・・そして、基本は配給制かね?計画性がないと、種籾を失ってしまう事になりますから。ああ、小出しにされた米の荷姿は上の巻行器の図のようになっていたのでは?古来、日本人は米を主食にしていたというより、雑穀が中心で晴れの日に米を食べつないできたみたいですから・・・

 ・・・初穂はどうやら、倉庫管理費かね?そして、倉庫は共同利用・・・竪穴式住居の中には、米は巻行器で保存かね?良く乾かしてあれば、あの器ならそれほど湿気を持つとは思えないから・・・大饗祭で16個供えられる・・・新穀の分配は巻行器で33個分だったとか?大饗祭の名称はかつては三十三行器之神事って言ってたようですから・・・ふむ・・・この33行器の容量は総量8斗=800合だとさ・・・白米か玄米でしょうね・・・これって1人の1年分に近いような?巻行器の1つの容量は・・・800÷33=24.24・・・24合か、1合150gとすると3.6kgか・・・

 まともな学者になりそこねた妄想的歴史法学者としては、象徴性を重んじて・・・大饗祭は、一人一人の米の取り分を確認する行事であったと・・・ちゃんと管理するよ。必要な時にはきちんと分配します・・・ってね。管理費としての初穂料・・・来年はちゃんと種籾を出しますよってね。

 多分、縄文以来の伝統で、紀元前3世紀、徐福の一行が治水の技術を持ってきたのではないかと・・・水面に浮かべることで常に一定の水が与えられている状態から、陸上に水田を開き、水の分配を行うシステムを導入したので、弥生時代になると、水田の跡が見つかるようになる・・・だから、縄文時代にはプラントオパールで稲作の痕跡は見つかるが、水田の跡が見つからない・・・

 縄文時代の稲作の痕跡を探すには・・・それなりの広さの池か湿地のほとりで、耕作地を持たず、土器の底に籾殻の痕跡やプラントオパールが大量に検出される場所・・・住居に見合う倉庫の跡が確認できる・・・巻行器33個分が大人1人分と考えて、それに見合う倉庫・・・ん?香取神宮の水田は何処?香取の海は、まさに海・・・海水のはず・・・そうなると・・・現在の神田のあたりが、紀元300年ごろには水田になっていたのか?と勝手に象徴性を繋げて考えたくなります。

 妄想的見解のまとめ・・・縄文晩期に水面に浮かべる水稲栽培が行われ、共同の倉庫に収穫された米の全量が納められ、種籾は出挙の形で分配されていた。基本は倍返し・・・大饗祭は、倉庫管理者が主催する祭りで1年の個々の生産者が自分の取り分を確認し、倉庫管理者は、正しく分配し、来年の種籾の確保を約束する儀式であると・・・だから33の巻行器で8斗の米・・・1人の1年分を確認する・・・どうだろう?倉庫管理者=名目的統治者・・・後の国造・・・個々の生産者が倉庫を持つようになって、自分で収穫物を管理するようになると、出挙は廃れる・・・中世には出挙は消滅していく・・・これなら納得!何しろ、貨幣が発明されて以来、金貸しが消滅しないのに、出挙は消滅するんですから・・・出挙は金貸しとは違ったシステムのものであると思えるからです・・・3反百姓の元手が玄米換算でたった8kgで、3ヶ月後に16kgで返したって・・・儲からないね。従って・・・こいつは種籾の管理費ではないかと・・・ふと、北朝鮮の憲法を思い出したというわけなんです・・・多分、彼の国の法は律令以来の伝統を引きずっているような?北朝鮮の農業法の・・・15条の機械翻訳を載せておきましょう。農業法

第15条の種子生産に第一義的な関心を向けることは、農業生産の拡大のための重要な方途である。
農業指導機関や種子の管理機関、ウォンジョンジャン、採種農場、ジョンチュクジャン、養樹園、種卵章のような種子生産供給機関、企業所は、種子の生産供給体制を立て直して、生産性が高く地帯の気候風土に吹かれて処女率が高い種子を適時に生産供給しなければならない。
種子を生産供給する機関、企業所は、種子の生育条件を確保し、退化を防止して、種子の保管管理を定められたようにして、その質を保証しなければならない。

 種子の管理を国家が行っている・・・共産主義は公地公民ですから・・・現代的律令体制とも言える・・・?妄想的歴史法学者を自称している手前、こんな風に、社会の手続きを妄想的に構築してしまうんです・・・

 こんな論理構成で考えて、ちょっと見直すと興味深い事が現れます・・・大嘗祭を縄文晩期の稲作からの伝統で、一人分の穀物の確認の儀式と考えました・・・神社ならぬ倉庫前の庭前の儀式であると・・・いつしか、倉庫ではなく神社となりますが、基本の形は伝統に則って行われ・・・この33の巻行器の数は東の33柱の神に擬えられる・・・今はなぜか16に減ってしまいましたが・・・それでも、伝統は受け継がれ現代に至る・・・食べ物の為せる業かね?

 出雲風土記を眺めると・・・一般に正税の官稲は郡衙に置かれる正倉に納められる事になっていますが、ちょっと大きめの集落に分かれて置かれていたりしたようですから・・・この、倉庫を持った集落ってのが、その地域の有力者の所在地となるのかね?倉庫に納められた米の扱いは?・・・食う分は1核家族あたり1.4トンの収穫の内、600kg程度かね?倉庫に米が結構残りそうな?数年に1度の大凶作対策にしても・・・1.4トンの内、24kgの出挙の返納、150kg程度の租を引いても2年分の食料が生産できる?・・・出挙の利稲など大した量ではない・・・なんだか、定説とはずいぶんと異なるが・・・出挙の利稲が安定した財源になったって習ったような・・・

 ふむ・・・律令体制下に入って、不動穀が30年ほどで、年間の総収量に匹敵するものになったなんって言われるわけだね。もうひとつ、これに関連して気になるのは・・・役人は勤勉であると思われる・・・倉庫令では倉庫内の穀は9年以内で中身を入れ替えて腐敗防止に努める規定があります。不動倉の封印が厳重なため封印後は放置された状況とな、不動穀が腐敗・・・ってありえないのではないかと・・・腐敗したのはそういった規定で縛られていない、民間の余剰穀物ではないかと・・・だって、倉庫に納められた稲は、動用穀で普通に出納が行われるが・・・正税の稲の管理は厳正で・・・それ以外の民間委託の稲はそれより軽く扱われ・・・睡眠口座化した稲は不動倉として放置・・・国司が替わるときに、民間の穀物の引き継ぎに際して睡眠口座化した民間の穀物の不動倉が表面化する?しかし・・・国司の任期は6年、後に4年だから・・・大して長くないし、頻繁に起こっているから・・・

 国造体制から律令体制に移行して何か問題が出るのか?というより・・・食文化の変化に問題があるのか?・・・また、私は支離滅裂になりつつある・・・国司のトラブルは、正税に関するものとは考えにくい・・・正税関連はルールが決まっているから、その通りに行っていればトラブルは起こり得ないはず・・・法というものはそういったものです。そして、大抵の場合は、おかしなことが起こった時の対応を定めているはずなんです・・・それが法ですから・・・人知の及ぶ限り・・・

 トラブルが起こるのは、人間と人間が、特別なルールなしで、互いに思いこみで互いのルールを勝手に運用する場合という事になると思うわけです。これが起こらないように法は様々な要件を要求してきます・・・じゃあ、トラブルの元になる穀物管理はどうなってる?

 学者様の信じるところによると律令体制下になって30年で年間の生産量に匹敵する米が正倉に蓄えられていたと言っている・・・じゃあ、計算・・・田1段につき2束2把とされ、これは収穫量の3%〜10%に当たったらしい・・・1世帯3反で1.4トン、この7%が2束2把・・・・50戸で150世帯として1年の総生産量は1.4×150=210トン 210×0.07=14.7トンが租税・・・210÷30=7トンが不動穀候補 14.7−7=7.7トンが租税からの財政支出・・・これが郷とか里とか言われる単位での経済かね?律令制スタート時点で200トンほど貯蔵できる倉庫があって、年毎に8トンずつ増加している事にして考えると・・・200トンの米は巻行器で・・・200000÷24=8333.3 8000程の巻行器に納められた・・・1世帯あたり50個以上作るのか?1斗18リットルで15kgだから・・・200000÷15×18=240000リットル=240キロリットル=240立方メートル・・・人の背丈ほどに積み上げると・・・240÷1.8=133.3平米の床面積の倉庫が必要・・・10mの13mぐらいの倉庫が1棟・・・動用倉と官稲を納める同じぐらいの規模の倉で良さそうです・・・官物と私物を納める2つの倉を作りたくなりますね・・・正倉院は校倉造、屋根は寄棟造、瓦葺。規模は正面約33.1メートル、奥行約9.3メートル、床下の柱の高さ約2.5メートルであるそうだから・・・1つの倉庫は10m四方か・・・有名な旧タイプの倉庫で山形県酒田市の山居倉庫・・・13.6mの29.1m・・・正倉院と同じぐらいですかね?これで4斗入り俵16442俵・・・1000トン弱・・・3分の1として300トンだから、良さそうな規模ですね。

 ついでに気になるのは・・・倉庫令です。近代デジタルライブラリー - 国史大系. 第12巻 倉庫令 137コマ 正倉は官庁街から150mほど離れた所に、濠をめぐらした場所ですね。近くに建物を置いてはいけないのですから・・・倉から物を出す場合には太政官符が必要だが、急ぎの場合は式を出して、事後報告でOK・・・定期業務はどうなんでしょう?というより・・・正倉区画外へ出すときという意味合いではないかと?勝手な妄想的な解釈・・・だって、そうでもしないとメンテナンスができないですから・・・ああ、倉の定義通りに考えればよいのか・・・倉は濠をめぐらせた場所ですから・・・倉とは1つ1つの建物ではなくその区画でしょう。さもなければ1棟ごとに150mも離して・・・この倉庫令の規定は郡衙の正倉などに規定されるものでしょうが・・・郷や里などの倉庫にも運用面では準用されるのではないかと・・・

 さあ、妄想しますかね・・・1郷あたり200トンほどの収穫があって、15トンほどが租税で郡の正倉へ、1人当たり33の巻行器に相当するものが配当されるとして、当座用の米は・・・どのくらいあれば良い?ああ、年金制度と同じで2カ月分を単位にして考えると・・・盆・暮れ・正月は1つずつ増す事にして、残りの30を6回に分けて出すと・・・5つの巻行器分・・・18kgずつの人数分が1戸あたり・・・18kg×4人×2月×150世帯=21600kg・・・21トン・・・200-15-21=164トンが郷倉に入る事になる・・・200トン倉庫が郷倉ですかね・・・

 ふむ・・・国衙の正倉・郡衙の正倉・郷倉を想定・・・倉庫関係で歴史に残っているのは・・・神火事件ですね。面倒だからWikiに当たるか・・・あまり、面白い話は無し・・・ふむ・・・仕方ない・・・

宝亀4年;773年2月6日 下野の国衙で火災が起こり、正倉14棟と米穀・糒25400余石を焼いた。
宝亀4年;773年6月8日 上野国緑野郡の郡衙で火災が起こり、正倉8棟・米穀の穂首334000余束を焼いた。  

 国衙が貯蔵したのは粒穀と糒、群衙では穂首か・・・郷倉があるとすればここでは穂首で保存かね?神火事件か・・・近代デジタルライブラリー - 国史大系. 第2巻 続日本紀 289コマ 左の方にありますね。このあと、6月の事件があって・・・さらに、政争の疑いがあるから、失火ではないようですね。律令の規定は明確で国司や郡司に責任があり、それを充当する必要と処罰があるのですが・・・どうやら免職処分にはしない方向で決裁が為されたようです。管理者責任を利用して地位の追い落としを図ろうとしたかね?義倉の規定がらみの凶作に関する規定が運用されたりもしてますね・・・結構まともな政府に見えてくる・・・

 郷倉を仮定すると・・・さっきの倉庫サイズは大きすぎるような?建設を考えるとこの半分ぐらいを2棟立てた方が良さそうな?ん・・・余剰穀物との兼ね合いは・・・正倉の運用規定では9年を越える・・・あれ・・・計算間違い・・・さっきは30年で計算したが・・・律令体制下に入って30年後には正倉に1年の収穫量に等しい米の蓄積があった・・・大宝律令の倉庫令からすると9年を上限に・・・9年間の税収が1年分の収穫量に相当する事になる・・・計算し直し・・・50戸で150世帯として1年の総生産量は1.4×150=210トン 210×0.07=14.7トンが租税・・・210÷9=23トンが不動穀候補 14.7−23=-8.3トンが租税からの財政支出・・・計算が合わない・・・律令体制下に入って、米の大増産が行われ、急激な成長路線に乗ったという事かね?まさか、9年保管したら、それを糒に加工してその先20年もたせるのかね?9年籾で保管、その後は糒にしてなら、先ほどの計算で合うわけか・・・穀物関連はおよそ2倍で考えている気配がありますね。租税関連は・・・

 養老令では田租の規定は・・・田令及び賦役令だな・・・賦役令に義倉の規定がありますね。田租以外の税・・・粟を納めるというやつ・・・上上の戸で2石、上中の戸で1石6斗、上下の戸に1石2斗。中上の戸で1石、中中の戸で8斗、中下の戸で6斗。下上の戸で4斗、下中の戸に2斗、下下の戸に1斗を田租と同時に納めなけらばならないと・・・ふむ・・・戸を9段階に分けている・・・この基準は何?食いものの話だから頭数からの規定かね?戸令にはこういった戸のランク付けの規定がない・・・?近代デジタルライブラリー - 国史大系. 第12巻 賦役令 68コマ この義倉に関する規定で気になるのはもう1点、代物納の規定です。粟1斗の代わりに米なら2斗、大麦なら1斗5升、小麦なら2斗、大豆なら2斗、小豆なら1斗だと・・・粟より米の方が価値が低いのかね?代物だからその分余計に支払うとしても・・・小豆が高価なものなのは理解できるが・・・米と小麦と大豆が等価で、大麦が高価なのはなぜ?まあ、大麦と小麦では大麦の方が価値が高かったのは分かりますが・・・米と小麦大豆の価値が等しいのは何故?

 稲に比べて、大麦の方が新参者でその活用の幅の広さで価値あるものだったのか?小豆は縄文時代からあったようだし・・・縄文末期の食生活も気になってきた・・・五穀か・・・古事記だと稲・麦・粟・大豆・小豆、日本書紀なら稲・麦・粟・稗・豆・・・カラスノエンドウなども食用になっていたのでしょうが・・・豆は結構古くから種類があるようですが・・・粟・稗は・・・新嘗祭でも使われますから・・・語られる事の少ない褻の食物は稗なのではないかと・・・晴れの日の食べ物が米麦に豆や粟でないかと・・・まあ、研究が貝塚を中心に行われたので、海産物を中心の生活のようですが・・・クリやクルミ、トチ、シイ・・・う・・・サンカ山窩の暮しでもチェックするか・・・内陸の古代を推測するために・・・海岸の暮らしと山沿いの平地の暮らしのどちらが豊かなのだろうか?・・・多分、山沿いの平地なのでは?海岸との交易路があって、1日行程ぐらいだと・・・塩は必要ですから・・・

 そうだ・・・雰囲気がカラスノエンドウに近いレンズ豆でも煮るか・・・しかし・・・何故、日本ではカラスノエンドウが食用でなくなったんだろう?小豆の方がえぐみが強そうな気がしますが・・・砂糖で誤魔化すのは簡単ですが・・・古代人はどんな風にこのえぐみを克服したんだろう?ちょっと気になります。えぐみの成分はサポニン?サポニンで泡が立つから、泡立たなくなるまで煮こぼすか・・・小豆は旨く炊けないから嫌い・・・スープではなく餡として食用にした?小豆をスープに入れると食えたものじゃなくなりますから・・・なんとなく、我が国ではアク抜きの技術が進んでいたのか?確かに、栃の実でのアルカリ処理など非常に手間のかかる事をしていますから・・・似たものとしては西洋トチノキのマロニエの実・・・馬の薬か、サポニンを利用した羊毛の脱脂剤・・・日本なら食用にするかもしれないものですね・・・まあ、フグを食う民族ですから・・・食べると死ぬかもしれないものまで美味しく頂くという、食いしん坊な民族なのか?その挙句・・・北大路魯山人みたいな人間を生み出すのか?

 私は、そこそこ旨い良心的な大衆食堂派なんでね・・・安くて旨いものには非常な敬意を払います・・・高くて旨いのは当たり前!ふざけるんじゃない、工夫が足りないよ!ってね・・・魯山人の場合は、食客を養える金持ちがあって、その芸術が開花したとも言える気がしますが・・・そして、古美術・・・これって、何故金になる?古きそれなりに佳きものを、時代が変化したことで人気が出たものを見出す事が、古美術商売の秘訣と私は思っていますから・・・とはいうものの、北大路魯山人批判は、負け犬の遠吠えにしかならないことも分かってるよ・・・別に、目標にも、師事すべき人とも思わないから・・・それなりに評価の定まっている人間には勝てない・・・私は日和見主義的なやや過激な異端の人間だから・・・保身的異端人間・・・最悪かね?それでもいいさ・・・隠れればよい・・・よく隠れるものが良く生きる・・・

 国造体制がまだ見えてこない・・・しかし、倉庫前の庭前の大嘗祭の本質が見えてきたような?食いもの系でもう少し考察を加えればよいかな・・・香取志は何処へ行った・・・

2013.12.13

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