ネットの中をうろうろ(15)
  中朝国境に何が・・・(15) 會寧 続き
 
 石炭化学工業に関しての知見を広めつつ、気になっている住宅の変化を確認してみることにします。建設中の建物があれば、比較的簡単に、間取りをチェックできますが、なかなか都合の良いものは無くて・・・とりあえず一家族に与えられているものを考えることにしましょう。旧式の2軒長屋の敷地面積はおよそ145坪、新型の一戸建ての敷地面積は76坪程度、これは炭鉱の2軒長屋を、一戸建てに変更したから?でも、大抵どこも同じようなものですから・・・とりあえず宅地として供与される土地は75坪としましょう。これは、変わっていないということになるようです。

 次に建物、平屋ですから床面積を拾えばOK 旧式の2軒長屋の床面積は・・・軒先を勘案して34坪で2軒分1軒当たり17坪ぐらいで、新式はおよそ30坪ですからおよそ1.7倍、庭がずいぶんと減っています。

 右の写真の左が旧型、右が新型2軒です。家の外に置かれているものの規模がほぼ一致していますから、多分2軒長屋の規模を半分にして、同じ敷地面積に2倍の人員を収用しているのではないと思うのですが・・・

 あと気になるのは、屋根の色なんです。右の新型の屋根の色が2軒で異なるのはなぜ?使いまわしの可能性もあるかもしれません。多分、この家屋はコンクリートのピンコロのようなブロックを砂が多めのコンクリートで積み重ねているのでしょう。

 案外、再利用を前提に、泥を使って積み上げているとか?まあ、それは、習慣の問題なので、一世代が暮らせればよいでしょう。少なくとも、アドビレンガの家ではなさそうです。

 これより、新しい型が會寧の駅の北側にあります。右の写真のものでは寄棟造りですが、切妻造りになり、物置のスペースらしきものが付属しています。結構オシャレな街に変貌しているような感じです。屋根材の変化も感じられます。新型の明るい色の瓦は會寧の産ではないかと思うのですが・・・會寧焼きの胎土の違い?明るい色が好まれるようになって・・・一種の流行か?しかし・・・會寧焼の窯はどこ?

 円筒窯や角窯のような感じのものがある場所があるのですが・・・なんとなく、周りにマウンドもあるようなので・・・案外、弾薬庫かも知れないのですが・・・座標は 42°26'13.54" N 129°45'22.27" E です。これは・・・燃料の置き場などがない感じ、そして、まわりに木がありますから、これって遮蔽?・・・つまり弾薬庫?ということのようです。

 屋根の上に出ているのは、換気口でしょう。さて、これを作ったのはだれ?いつの時代?気になりますが、手の届く範囲には資料はなさそうな感じです。

 例の高射砲弾800発の輸送についての資料はまだ目にしていませんから・・・軍事機密の高崎からモスリン屑を、野田からの醤油とかを清水埠頭へ運ぶ鉄道輸送計画表とか目にしましたが・・・

 さて、こいつは弾薬庫に決まりでしょう。現用かどうかは不明・・・

 しらみつぶしで調査しようと會寧駅の北にある新興住宅街のようなところから再び調査を開始しました。そこで、例の踏みわけ道にはまりました。

 興味深いことです。まず、Aの出入り口から起点となっている踏みわけ道からすると・・・Aの区画の出入り口は基本的に、ここ1か所まわりは塀に囲まれているようです。このように囲む理由は?治安が悪いから?風除け?夜は木戸を閉じる?治安維持なら、木戸を閉じるのが簡単でしょう。夜間外出禁止令と同じ効果が発揮できます。

 AEが人通りが多く、ADは少ない、BEが多い、BEを利用するのはAの区画の上の赤っぽい屋根の住人達・・・これらの住人が同じような仕事についているのであれば、Eから右へ進む駅とは関係ない仕事・・・BEとAD+AEの合計はほぼ等しいかな・・・AE・BEの目的地はFの倉庫兼作業場・・・ありそうなのは、ここが食糧配給所では?ADはGに向かいKHの間の倉庫へも行くはず。KからMへも進んでいるから・・・市街中心へもかなりの人が行き来している。CIの人の動きは駅方面ですが、やや不明、JNは電線、JQは中心市街へ・・・

 この空中写真から読み取れることは何か?倉庫のようなものが所謂、商店なのでしょう。物流倉庫を店舗としていることが予想されます。この倉庫Fはどのように管理されているのでしょうか?食糧不足と宣伝されていますから、この倉庫Fは略奪の対象になる可能性が高い・・・暴動寸前の状態であれば、警察や自警団によって守られている可能性が高い。何しろ、飢えた武装したよそ者の兵士など当てにならない・・・ならば・・・さて、私がひもじくて、この倉庫を襲おうとしたなら・・・まあ、簡単でしょう。タバコ1本かな?Dあたりから、積まれた藁のなかに火のついたままの煙草を放り込んで、GKLと進んで火の手が上がるのを待ってMNQと進み・・・火の手が上がって、まわりの人が動き出したら・・・さあ、皆で略奪だ!ですかね。

 この倉庫・・・影からするとそれほど高い塀が巡らされている様子は見られません、多分1m程度・・・人の侵入は拒みにくい・・・飢えた人間のパワーに抗することは困難・・・でなければ、ここには何も食べるものは無い・・・商店も無いから、中心市街へ向かうか?

 情報をチェックしていると・・・生コンプラントの話が出てきています。生コンって・・・確か90分以内でしたっけ?まあ、このあたりの交通事情なら、平均時速30kmで45キロ圏内?余裕を見て20km以内にプラントがあるはず?

 生コンプラントの例を見ておけば、見つけやすい・・・右のようなのが利根川沿いになるので・・・長いパイプと、三角形の陰、セメントの貯蔵タンクと、骨材置き場、骨材置き場には屋根がついている・・・

 探しながら気付いたこと・・・會寧市の中を流れ豆満江に流れる川の高水工事は、完成に近付いているような・・・スタジアムの横の川沿いの道・・・すなわち堤防がほぼ完成している・・・完成は、どうやら、大廈高楼が立ち並ぶあたりの前の部分・・・これが完成したら・・・この川の様相は一新され、広大な水田が現れそうな感じです。しかし、利水はどうなるのやら?浅くて曲がりくねり、広い水面を持つ川を細く深くして、流量を増したら・・・水温が下がって稲作に影響が出そうな気がしますが・・・取水をなるべく上流で、そこから水田に順に灌漑するのかな?

 さて、こういったプラントは幹線道路の町はずれに設置されると思うので・・・幹線道路をチェックすると、別のものが見出されました。多分、會寧焼の工場・・・會寧の市街地の近くには焼き物工場は見当たりませんでした。陶土と石炭という組み合わせです。會寧焼・・・単に、このあたりの山里で焼かれる焼き物・・・行営街道の分岐あたりから、さらに山沿いに眺めて行くと・・・陶土の採掘場のようなものが現れます。T字路が會寧方向に広くなっているので・・・ビンゴ!多分・・・右のような陶土の採取場らしきものを発見・・・座標は 42°17'57.95" N 129°45'44.68" E このあたり、ここから、再び會寧方向へ戻っていくと・・・結構大型の車が道路に見られます。

 途中、かなり道が付け替えられていることがわかります。橋なども新しく高規格のものが架けられているようです。会寧焼なんって言っても、會寧が集散地であって、生産拠点が街にあるとは限りませんからね。そういった事はすっかり忘れていました。

 その様子が右の写真です。座標は 42°20'21.22" N 129°48'02.34" E です。2002年には屋根の完成していない建物が2008年には完成・・・旧道の橋と、新道の橋の違いは非常に大きなものです。旧道の道のつき方から、ここへ陶土が運び込まれているのではないかと・・・多分、ここの脇の陶土は灰色の焼き上がりになり、旧タイプの屋根瓦になっていたのでは?そして、上流の陶土は、明るい色の瓦になるのではないかと思われます。完全な推測ですが・・・會寧焼の下地の色はかなり差がありますから。胎土のバリエーションがいくつかあるような感じです。そして、會寧焼・・・灰柚が・・・灰は稲藁かそれとも木灰か?なんとなく藁灰のような気もしますが・・・国立博物館の東洋館には所蔵品で会寧焼はあるのか?実物を見たくなりますが・・・やった!耐震補強のため2013年まで閉館・・・行きたくても行けない・・・

 まあ、ネットの中に会寧焼の作品が色々ありますから、概要だけは分かりますからね。

 旧来の登り窯も案外、山の中の小さな谷の中に隠れているのかもしれません。

 さらに、會寧方面に戻ると・・・採石場らしきものを見出しました。右の写真です。座標は 42°22'29.90" N 129°48'01.91" E このあたり。ここの谷を入ったところに採石場があり、トロッコか何かで道の脇まで砕石を運んでいるようです。砕石だか砂の一部は谷を埋めるのに使われているようです。ですから、ここの細い川も、案外三面張りになってしまっているのかもしれません。

 三面張りにしたことで流速が上がるよな・・・下流にどのような影響が出るのか、ちょっと気になります。なんだか、本気で川の流れを変えて、水田を広げるつもりのようです。道路は二股に分かれ、その間を流量を調節した水路を作り、本流から分離してしまうつもりのような・・・どこに、そんな資金があるのだ?会寧市の中を流れるこの川の治水工事はいつ始まったのだろうか?非常に気になります。6年ほどの間に、この付近の耕地面積は1.5倍程度に広がっている感じです。

 人海戦術で145mの堤防を作るのにどれくらいかかる?それよりセメント・・・北朝鮮のセメント生産は?ああ、中央日報の記事に・・・「中国産セメント輸入が2010年以後急増していると把握している」と話した。北朝鮮は2009年以前までは特殊用途に使われる高品質セメント数千トンを輸入するのにとどまっていたが、2010年には10万トン余り、昨年は30万トン以上を輸入したことが確認された。北朝鮮は順川(スンチョン)、祥原(サンウォン)など58カ所のセメント工場で年間600万トン余りを生産している。工場稼動率は50%に達し、北朝鮮の産業平均の30%より高い。ふむ、セメントの大増産か・・・20012年9月の報道・・・中央日報・・・どうも、文章の中に余計な数字が多いな・・・少し削除!事実が分からなくなる・・・

 さて、セメントに関する情報が欲しい・・・フランスのラファージュ社は、2008年にはエジプトのオラスコム・コンストラクション・インダストリーズ(OCI)のセメント部門を買収、オラスコムは2007年までに北朝鮮のサンウォン・セメントを子会社化している?ふむ、フランス資本も入っているのか・・・フランス語読めない・・・http://www.lafarge.com/ラッキー英語だ!しかし、ざっとしか見てないけど・・・北朝鮮情報はサイトの北朝鮮を検索すると・・・こんな具合・・・建材などもやってるから・・・フランス風のシステム導入か・・・日本の生コンプラントとは違うのか?フランス人は・・・まさか、直線ではなく、とぐろを巻いているのか?フランス語で検索すると・・・日本とあまり変わらないようです。エジプト資本・・・アラビア語で検索・・・

 いくら探してもない・・・近頃のプラントは建屋で覆ってますから、何が何だか分からない・・・採石場からの道はチェックしましたが見当たらない・・・生コンではなく、プレキャストやプレストレスか?PCとかPSとか・・・日本のプレキャスト・プレストレスの工場って・・・右のようなのが、大きな工場で、橋げたとかそういったものを製造しているようです。

 そういえば、噂では・・・北朝鮮もコンクリート製の枕木を使い始めたとか・・・右の写真では、完成品が野天に積み上げられていますが・・・生産が間に合わない場合・・・

 まさかと思いますが・・・例の、元飛行場と思われる場所にある工場は・・・プレストレス・コンクリート製品の工場か?確かに、煤けていないし、高い煙突は無い、よく見ると円筒形のサイロのようなものが並んでおり、ポゾリスのような添加剤を入れるタンクがあると言えば・・・まあ、そんな気にもなります。プレストレスのやつなんかだと、養生が・・・高強度コンクリートだと温度が下がると・・・鉄とコンクリートの膨張率が違うから・・・会寧のような寒冷地では・・・

 まあ、可能性としては、こいつはプレキャスト・コンクリートの製造工場として、忘れてしまいましょう。さもないと、確証が持てるまで探し続けてしまいますからね。タバコ工場という噂もあるようですが・・・

 別情報では、会寧構内に鮮満製材所という、枕木や坑木、電柱などの加工を行う製材所があったようです。創業大正元年、電話は114と245だと・・・一応、枕木と會寧は関係があることにして・・・生コンは基本的に、手練りか、手動か動力コンクリートミキサーではないかと思われます。ミキサー車をいまだに見ていないので、多分・・・

 會寧についてはずいぶんと分かってきました。しかし、ここの石炭の行方は?気になります。この地域のエネルギーは何?新型の住宅の暖房はオンドル?分からないことがいっぱいあります。民衆の暮らしは歴史にも現れてこないものですし、衛星からの写真を元にして、どれほど迫れるのか?疑問です。

 しかし・・・報道されているより、豊かなような?不思議な国だ・・・もう少し會寧を理解すべく努力してみましょう。

(2012.11.26)

inserted by FC2 system